https://critic20.exblog.jp/31591900/#31591900_1
_c0315619_18093556.png今年は戦後75年の節目の年だったが、終戦の日までの慰霊の季節にそれらしい文化的なイベントが皆無で、議論や論争もなく、肩透かしを食ったような感じの時間がただ流れて過ぎた。テレビではコロナの話題が - 中身は全くなく単に視聴率維持の惰性ルーティンだが - 中心だった。節目の年でもあり、例えば、日経新聞が富田メモをスクープして衝撃を与えたような、満を持しての真実発掘のジャーナリズムが準備され、世間に投擲されることを望んだが、そんな庶民の期待を嘲笑うかのように空疎に平板に終わった。新型コロナの影響だろうか。それとも、東京五輪が予定されていたために、マスコミ各社は五輪ビジネスに叢って金儲けする算段で頭がいっぱいで、戦後75年の節目の意義など眼中になかったのだろうか。責任意識や義務感などすっ飛んでいたのだろうか。予想はしていたものの、NHKの態度はひどかった。関口宏だけが、淡々と、不十分ながらそれなりのことをやって務めを果たしていた。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18094724.pn戦争の記憶の風化。それを、右翼化したマスコミが自ら率先して進めている。今回は、退位して上皇・上皇后となった二人が登場せず、言葉を発する場面がなかったことも大きく、戦争を顧みることがなくなった日本の風景を象徴しているように思えた。二人は戦争の記憶が風化することに抗い、日本人に戦争の過去を学ぶことを諭し、反省することを誘っていた。本当は、昨年逝った9条の哲人・中村哲の平和主義の思想と業績について、あらためて追想し意義を顕彰するべきではなかったか。緒方貞子の偉業に心を向け、今の日本人と彼女がどう違うか、今の日本政府と嘗ての日本政府がどう違うかを考える機会を持つべきではなかったのか。25年前の村山談話の頃の日本人と今の日本人とが、なぜかくも人格と精神が異なっているのか、その変化の不思議について検討と考察をすべきではなかったのか。なぜ誰もそれをし試みようとしないのか。しばき隊など左翼も含めて、反中宣伝と売文の銭儲けで満足しているのか。
雑感を未整理なままに3点ほど。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18131091.png 何もなかった今年の終戦の日だが、主役として存在感を放っていたのは靖国神社だった。朝、ツイッターのトレンドに靖国神社が割り込み、参拝風景の写真記事が載り、右翼があれやこれやと書き込んでいた。夜、NHKの7時のニュースは、閣僚4人の靖国参拝の映像を流したが、中国からの反発については紹介しなかった。高市早苗の「国のために命をささげられた方をどのように慰霊をするかというのは、それぞれの国の国民が判断することだ。決して外交問題にしてはいけないし外交問題ではあり得ない」という言葉が、NHKのこのニュースについての総括であり、公共放送としての国民へのメッセージだった。靖国肯定。靖国参拝がこの国の8月15日の当然の恒例行事になっている。NHKの報道の仕方は、この日の靖国参拝を争点的な問題として捉えていなかった。国民の中で思想的に深刻な対立のある、ナーバスでクリティカルな報道対象として扱わず、まるで正月の初詣の際の神社参拝のように、非政治思想的な国民行事のように報じていた。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18132632.png 気づけば、いつの間にか靖国神社はそういうプレーンな存在に変わっている。この10年ほど、毎年毎年、参拝客が多くなっている事実に懸念を覚えていたが、とうとう靖国参拝が日本国民の当たり前の行事になってしまっていて、それに口を尖らせる韓国・中国が不当で邪悪な敵対国という「常識」が定着している。国民意識の右翼化はとめどなく進行し、深く根を下ろし、それをマスコミがさらに追認してセメント化し、最早、靖国批判の言論に居場所がない状況になった。靖国に異論を唱える論者がマスコミに出ない。嘗ては、野中広務が渾身の弁舌で、靖国神社は軍国主義の精神的支柱であると批判し、A級戦犯合祀は容認できないと訴えたが、今、そんな姿はどこにもなく、まさに風化の極みに至った。私は若い頃、靖国を正当化する異端の右翼は、時代と共に高齢化して消えて行くと確信していたが、逆に、若い層ほど靖国にコミットするようになり、堂々たる反共右翼分子になり、靖国批判派が高齢化して姿を消している。驚くべき逆転と反動だが、右翼の方が勝利を収める思想状況となった。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18133874.png 石原慎太郎が、天皇と首相は参拝せよと吠えているが、いつそれが実現してもおかしくない。次の二つのことが起きた場合は、その悪夢が現実のものになりそうだ。一つは、南シナ海もしくは東シナ海で自衛隊が中国軍と軍事衝突し、隊員の死者が出た場合。もう一つは、平和主義者で9条護憲派の上皇・上皇后が鬼籍に入り、政府・マスコミを牛耳る右翼支配者にとって障害要因がなくなったとき。第一の前提はきわめてリアルなものになりつつある。おそらく、防衛省と厚労省は、靖国神社国営法案の青写真を仕上げていて、いつでも制定させて施行運用できるよう手配を組んでいるだろう。今、8月15日は、普通の国民が靖国神社に参拝する日となり、一般国民が靖国参拝をテレビで眺めて過ごす日となった。戦争で死んだ英霊に黙祷する日となり、国家のための戦争に出征して死んだ兵士に感謝して哀悼する日になった。侵略戦争という言葉はなくなり、概念はなくなり、靖国が War Shrine と呼ばれている事実さえ顧みられなくなった。9条を国民共有の精神的価値と信じて尊ぶ、戦後の平和主義の態度が消えた。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18533305.png 二番目は中国との戦争の問題だ。野田佳彦が尖閣を国有化し、中国全土で怒濤の反日デモが起きたのが2012年9月のことだった。この頃から、私はずっと危機感に苛まれて日中戦争勃発の恐怖について書き続けてきた。2013年頃に書いた中身は、2016年に軍事衝突が起きるという予想で、日本側が尖閣沖で嘗ての盧溝橋事件のような謀略を仕掛け、そこから戦火が拡大するのではないかという展開が念頭にあった(尖閣事変)。そのとき何度も論じたのは、日本側の作戦の動機と理由であり、叩くなら早いうちにやらないと、5年もしたら中国軍がハイテクで軍備増強し、局地限定の海戦でも勝てなくなるからということだった。その頃は、装備だけでなく部隊の能力において、海上戦力の彼我に明確な差があった。7年後の現在、実力差は詰まり、総合的には逆転している可能性が高い。当時は、海自が素早く叩き、海上の中国軍を無力化した戦局で、圧倒的な軍事力を持つ米軍が「仲裁役」で出てきて両者を分け、紛争を収拾するという見方をしていた。以後、中国海軍が太平洋に出ないよう封じ込める目標を達成する作戦を推理していた。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18232931.png その衝突が起きるのが、(2013年の)3年後の2016年ではないかと分析し、オオカミ少年のように頻回に警告を発していた。その後、2014年に日米新ガイドラインが策定され、2015年には新ガイドラインの国内法制化である安保法制が成立する。新ガイドラインには、南シナ海での海自の行動任務が明記されていた。安保法制をめぐる政治の激動の中、報ステのインタビューに答えた米シンクタンク日本部長のマイケル・オースリンは、米軍の戦略構想について実にあっけらかんと本音を吐き、安保法制に託した米国の思惑を正直にカメラの前で語った。何事も隠さず、率直に意思表示するのが米国人の美点で特徴だ。すなわち、米国が期待するのは海自の秀逸な戦力で、ぜひ南シナ海で中国海軍と戦闘して能力を証明し、戦果を上げ、米国のアジア太平洋戦略に貢献して欲しいという主張だった。日米新ガイドラインは日中軍事衝突を想定しフォーカスしたものであり、自衛隊は盾ではなく矛の役割で、戦場で真っ先に戦闘する位置づけになっていた。そのための2015年の安保法制整備だった。オオカミ少年の奇矯な予言は、徐々に信憑性の高い近未来図となって行った。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18265376.png 2016年に日中の軍事衝突がハプンせず、幸いなことに予言が外れた理由について、私は何度か弁解を言ってきた。簡単なことで、その年、世界政治が大きく変わったからであり、トランプが出現して米国のアジア太平洋戦略が揺らいだからだ。オバマ時代から構築された戦略構想が白紙化され、それまで東アジア戦略に関与し差配してきた者(ハンドラーズ)の地位と立場が不安定化した。2016年はトランプの年であり、全てがトランプ中心に激変して行った。大統領に就任したトランプはディールの外交を唱え、17年4月には習近平をマール・ア・ラーゴに招待して親密ぶりを強調、17年秋には北京の故宮に招かれて中国側から極上のもてなしを受けた。米中関係はトランプと習近平の独裁者のボス交に委ねられる次第となり、オバマ時代の中国封じ込め政策は後退する。その流れは、2019年の大阪サミット時の日中首脳会談にまで続き、2020年の桜の季節の習近平訪日という予定が組まれる良好関係に至った。今から考えれば、独ソ不可侵条約と日ソ中立条約の狐と狸の化かし合いみたいなものだ。その間、トランプは三度も金正恩と直接会談して米朝和平を協議している。
そうしたマイルドな流れが断ち切られた転換点が、2019年10月末のペンス演説で、中国に対する冷戦宣言のローンチである。年が変わってコロナ問題に埋まってからは、事実上の対中国宣戦布告に等しい攻撃が重ねられている。大統領選挙の情勢が思わしくなくなったことや、米国経済が未曾有の不況と急激な縮小に陥ったことも、中国への敵意を剥き出しにする理由の一つだろう。一方の中国はコロナ禍を科学的に克服し、年率換算で第2四半期11.5%というV字回復の成長を遂げている。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18293484.png 7年前の2013年と比べて劇的に変わった点は、現在では日本よりも米国の方が中国との戦争に積極的な姿勢であることである。構図が変わった。7年前、日本は安倍右翼政権が誕生し、一方の米国はオバマ政権であり、尖閣での軍事行動に逸る右翼日本を米国が注意深く監視し、不測の事態を避けるべく制御しているような関係性が顕著だった。クリントンの振る舞いはそういう印象だったし、軍産複合体の側は、あくまで米軍の指揮権に基づいたところの、米軍の論理と目標の枠内での、米軍の部品としての自衛隊の行動を要求していて、それが2014年の新ガイドラインに反映されている。その基調は中国封じ込め策であり、米中両軍が正面から激突する想定はなかった。その設定が今年から急転して変わり、むしろ米国側が早く米中戦争を始めたい衝動に駆られているように見える。7年前に私が見ていた図は、自衛隊は今すぐ中国軍を叩かないと5年後には勝利の見通しが立たなくなり、作戦計画を立案できなくなるからというものだったが、今では、同じ焦燥と論理を米国が持ち始めている。実際、そういう環境になるだろう。宇宙やサイバー、ミサイルやドローンの軍事技術で中国は米国と肩を並べる水準に達していて、このままだと確実に追い越される。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18312042.png 無論、そのとき自衛隊は米軍の駒として使われ、使い捨ての消耗品としての役割を与えられるだろうから、最も死傷率の高い現場に配置され、第一撃での攻防を受け持たされるだろう。米国は、中国との戦争を核戦争の第三次世界大戦にまでエスカレートさせず、あくまで中国と日本の小競り合いに定義し、日中の限定的な軍事衝突のレベルで押さえようとするだろう。安保理で非難の応酬をしながら、海上で中国軍を効率的に叩き崩し、中国国内で共産党政権に対する反乱を起こさせて瓦解に追い込む戦略に出るはずだ。戦略が成功するかどうかは分からないが、作戦計画はそういう絵になると思われる。いずれにせよ、戦争シミュレーションは別にして、指摘したいのは、今やらないと時機を失すると強く思っているのは、現在では日本ではなく米国の方だということだ。世界最大で最強の軍事力を誇る米国が、覇権国家の座を守るため、中国に軍事的圧力を行使しようとしている。引き金に指をかけている。コロナ禍の中で第三次世界大戦の危機が迫っている。私は再びオオカミ少年の口上を言わなくてはならない。ずいぶん老いぼれたが。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18511122.png 最後に三番目の論点を述べよう。靖国参拝が当然の風景になり、どこからも異論が出ないイデオロギー環境になっているにもかかわらず、9条改憲の機運は弱くなっていることである。9条はバカにされ、無視され否定されているが、平和な中で国民投票で9条を変える緊迫の政治的局面というのは、現実の日程でかなり遠のいた感を強くする。それを遂行するはずの安倍政権が、しわじわと死に体に向かっているからであり、改憲を強力に断行する体力が残ってないからである。コロナ禍の中で解散総選挙を打つタイミングは視界不良になり、刻一刻と総裁任期満了の刻限が迫っていて、衆院議員4年の任期も終わりつつある。また、その前に、安倍晋三の前にトランプ政権が終焉し、ペンスやポンペイオの狂気の対中戦略も破綻しそうな気配が漂う。余程のことがないかぎり、9条改憲の発議は難しいだろう。民主党政権は共和党政権よりも穏健で理性的だから、バイデンが当選後に南シナ海で戦争に突入する愚に出るとは思えない。軍産複合体の意向はともあれ、米国の新政権がトランプと同じ路線で中国への挑発や恫喝を引き継ぐとは思えない。期待もこめてそう楽観しよう。オオカミ少年を続けながら、戦争も改憲もない日常が延長されることを希望したい。
以上、靖国参拝の日常化・常態化と、中国との戦争の危機と、9条改憲の観測と、3点の問題を考えた。
_c0315619_18093556.png今年は戦後75年の節目の年だったが、終戦の日までの慰霊の季節にそれらしい文化的なイベントが皆無で、議論や論争もなく、肩透かしを食ったような感じの時間がただ流れて過ぎた。テレビではコロナの話題が - 中身は全くなく単に視聴率維持の惰性ルーティンだが - 中心だった。節目の年でもあり、例えば、日経新聞が富田メモをスクープして衝撃を与えたような、満を持しての真実発掘のジャーナリズムが準備され、世間に投擲されることを望んだが、そんな庶民の期待を嘲笑うかのように空疎に平板に終わった。新型コロナの影響だろうか。それとも、東京五輪が予定されていたために、マスコミ各社は五輪ビジネスに叢って金儲けする算段で頭がいっぱいで、戦後75年の節目の意義など眼中になかったのだろうか。責任意識や義務感などすっ飛んでいたのだろうか。予想はしていたものの、NHKの態度はひどかった。関口宏だけが、淡々と、不十分ながらそれなりのことをやって務めを果たしていた。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18094724.pn戦争の記憶の風化。それを、右翼化したマスコミが自ら率先して進めている。今回は、退位して上皇・上皇后となった二人が登場せず、言葉を発する場面がなかったことも大きく、戦争を顧みることがなくなった日本の風景を象徴しているように思えた。二人は戦争の記憶が風化することに抗い、日本人に戦争の過去を学ぶことを諭し、反省することを誘っていた。本当は、昨年逝った9条の哲人・中村哲の平和主義の思想と業績について、あらためて追想し意義を顕彰するべきではなかったか。緒方貞子の偉業に心を向け、今の日本人と彼女がどう違うか、今の日本政府と嘗ての日本政府がどう違うかを考える機会を持つべきではなかったのか。25年前の村山談話の頃の日本人と今の日本人とが、なぜかくも人格と精神が異なっているのか、その変化の不思議について検討と考察をすべきではなかったのか。なぜ誰もそれをし試みようとしないのか。しばき隊など左翼も含めて、反中宣伝と売文の銭儲けで満足しているのか。
雑感を未整理なままに3点ほど。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18131091.png 何もなかった今年の終戦の日だが、主役として存在感を放っていたのは靖国神社だった。朝、ツイッターのトレンドに靖国神社が割り込み、参拝風景の写真記事が載り、右翼があれやこれやと書き込んでいた。夜、NHKの7時のニュースは、閣僚4人の靖国参拝の映像を流したが、中国からの反発については紹介しなかった。高市早苗の「国のために命をささげられた方をどのように慰霊をするかというのは、それぞれの国の国民が判断することだ。決して外交問題にしてはいけないし外交問題ではあり得ない」という言葉が、NHKのこのニュースについての総括であり、公共放送としての国民へのメッセージだった。靖国肯定。靖国参拝がこの国の8月15日の当然の恒例行事になっている。NHKの報道の仕方は、この日の靖国参拝を争点的な問題として捉えていなかった。国民の中で思想的に深刻な対立のある、ナーバスでクリティカルな報道対象として扱わず、まるで正月の初詣の際の神社参拝のように、非政治思想的な国民行事のように報じていた。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18132632.png 気づけば、いつの間にか靖国神社はそういうプレーンな存在に変わっている。この10年ほど、毎年毎年、参拝客が多くなっている事実に懸念を覚えていたが、とうとう靖国参拝が日本国民の当たり前の行事になってしまっていて、それに口を尖らせる韓国・中国が不当で邪悪な敵対国という「常識」が定着している。国民意識の右翼化はとめどなく進行し、深く根を下ろし、それをマスコミがさらに追認してセメント化し、最早、靖国批判の言論に居場所がない状況になった。靖国に異論を唱える論者がマスコミに出ない。嘗ては、野中広務が渾身の弁舌で、靖国神社は軍国主義の精神的支柱であると批判し、A級戦犯合祀は容認できないと訴えたが、今、そんな姿はどこにもなく、まさに風化の極みに至った。私は若い頃、靖国を正当化する異端の右翼は、時代と共に高齢化して消えて行くと確信していたが、逆に、若い層ほど靖国にコミットするようになり、堂々たる反共右翼分子になり、靖国批判派が高齢化して姿を消している。驚くべき逆転と反動だが、右翼の方が勝利を収める思想状況となった。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18133874.png 石原慎太郎が、天皇と首相は参拝せよと吠えているが、いつそれが実現してもおかしくない。次の二つのことが起きた場合は、その悪夢が現実のものになりそうだ。一つは、南シナ海もしくは東シナ海で自衛隊が中国軍と軍事衝突し、隊員の死者が出た場合。もう一つは、平和主義者で9条護憲派の上皇・上皇后が鬼籍に入り、政府・マスコミを牛耳る右翼支配者にとって障害要因がなくなったとき。第一の前提はきわめてリアルなものになりつつある。おそらく、防衛省と厚労省は、靖国神社国営法案の青写真を仕上げていて、いつでも制定させて施行運用できるよう手配を組んでいるだろう。今、8月15日は、普通の国民が靖国神社に参拝する日となり、一般国民が靖国参拝をテレビで眺めて過ごす日となった。戦争で死んだ英霊に黙祷する日となり、国家のための戦争に出征して死んだ兵士に感謝して哀悼する日になった。侵略戦争という言葉はなくなり、概念はなくなり、靖国が War Shrine と呼ばれている事実さえ顧みられなくなった。9条を国民共有の精神的価値と信じて尊ぶ、戦後の平和主義の態度が消えた。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18533305.png 二番目は中国との戦争の問題だ。野田佳彦が尖閣を国有化し、中国全土で怒濤の反日デモが起きたのが2012年9月のことだった。この頃から、私はずっと危機感に苛まれて日中戦争勃発の恐怖について書き続けてきた。2013年頃に書いた中身は、2016年に軍事衝突が起きるという予想で、日本側が尖閣沖で嘗ての盧溝橋事件のような謀略を仕掛け、そこから戦火が拡大するのではないかという展開が念頭にあった(尖閣事変)。そのとき何度も論じたのは、日本側の作戦の動機と理由であり、叩くなら早いうちにやらないと、5年もしたら中国軍がハイテクで軍備増強し、局地限定の海戦でも勝てなくなるからということだった。その頃は、装備だけでなく部隊の能力において、海上戦力の彼我に明確な差があった。7年後の現在、実力差は詰まり、総合的には逆転している可能性が高い。当時は、海自が素早く叩き、海上の中国軍を無力化した戦局で、圧倒的な軍事力を持つ米軍が「仲裁役」で出てきて両者を分け、紛争を収拾するという見方をしていた。以後、中国海軍が太平洋に出ないよう封じ込める目標を達成する作戦を推理していた。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18232931.png その衝突が起きるのが、(2013年の)3年後の2016年ではないかと分析し、オオカミ少年のように頻回に警告を発していた。その後、2014年に日米新ガイドラインが策定され、2015年には新ガイドラインの国内法制化である安保法制が成立する。新ガイドラインには、南シナ海での海自の行動任務が明記されていた。安保法制をめぐる政治の激動の中、報ステのインタビューに答えた米シンクタンク日本部長のマイケル・オースリンは、米軍の戦略構想について実にあっけらかんと本音を吐き、安保法制に託した米国の思惑を正直にカメラの前で語った。何事も隠さず、率直に意思表示するのが米国人の美点で特徴だ。すなわち、米国が期待するのは海自の秀逸な戦力で、ぜひ南シナ海で中国海軍と戦闘して能力を証明し、戦果を上げ、米国のアジア太平洋戦略に貢献して欲しいという主張だった。日米新ガイドラインは日中軍事衝突を想定しフォーカスしたものであり、自衛隊は盾ではなく矛の役割で、戦場で真っ先に戦闘する位置づけになっていた。そのための2015年の安保法制整備だった。オオカミ少年の奇矯な予言は、徐々に信憑性の高い近未来図となって行った。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18265376.png 2016年に日中の軍事衝突がハプンせず、幸いなことに予言が外れた理由について、私は何度か弁解を言ってきた。簡単なことで、その年、世界政治が大きく変わったからであり、トランプが出現して米国のアジア太平洋戦略が揺らいだからだ。オバマ時代から構築された戦略構想が白紙化され、それまで東アジア戦略に関与し差配してきた者(ハンドラーズ)の地位と立場が不安定化した。2016年はトランプの年であり、全てがトランプ中心に激変して行った。大統領に就任したトランプはディールの外交を唱え、17年4月には習近平をマール・ア・ラーゴに招待して親密ぶりを強調、17年秋には北京の故宮に招かれて中国側から極上のもてなしを受けた。米中関係はトランプと習近平の独裁者のボス交に委ねられる次第となり、オバマ時代の中国封じ込め政策は後退する。その流れは、2019年の大阪サミット時の日中首脳会談にまで続き、2020年の桜の季節の習近平訪日という予定が組まれる良好関係に至った。今から考えれば、独ソ不可侵条約と日ソ中立条約の狐と狸の化かし合いみたいなものだ。その間、トランプは三度も金正恩と直接会談して米朝和平を協議している。
そうしたマイルドな流れが断ち切られた転換点が、2019年10月末のペンス演説で、中国に対する冷戦宣言のローンチである。年が変わってコロナ問題に埋まってからは、事実上の対中国宣戦布告に等しい攻撃が重ねられている。大統領選挙の情勢が思わしくなくなったことや、米国経済が未曾有の不況と急激な縮小に陥ったことも、中国への敵意を剥き出しにする理由の一つだろう。一方の中国はコロナ禍を科学的に克服し、年率換算で第2四半期11.5%というV字回復の成長を遂げている。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18293484.png 7年前の2013年と比べて劇的に変わった点は、現在では日本よりも米国の方が中国との戦争に積極的な姿勢であることである。構図が変わった。7年前、日本は安倍右翼政権が誕生し、一方の米国はオバマ政権であり、尖閣での軍事行動に逸る右翼日本を米国が注意深く監視し、不測の事態を避けるべく制御しているような関係性が顕著だった。クリントンの振る舞いはそういう印象だったし、軍産複合体の側は、あくまで米軍の指揮権に基づいたところの、米軍の論理と目標の枠内での、米軍の部品としての自衛隊の行動を要求していて、それが2014年の新ガイドラインに反映されている。その基調は中国封じ込め策であり、米中両軍が正面から激突する想定はなかった。その設定が今年から急転して変わり、むしろ米国側が早く米中戦争を始めたい衝動に駆られているように見える。7年前に私が見ていた図は、自衛隊は今すぐ中国軍を叩かないと5年後には勝利の見通しが立たなくなり、作戦計画を立案できなくなるからというものだったが、今では、同じ焦燥と論理を米国が持ち始めている。実際、そういう環境になるだろう。宇宙やサイバー、ミサイルやドローンの軍事技術で中国は米国と肩を並べる水準に達していて、このままだと確実に追い越される。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18312042.png 無論、そのとき自衛隊は米軍の駒として使われ、使い捨ての消耗品としての役割を与えられるだろうから、最も死傷率の高い現場に配置され、第一撃での攻防を受け持たされるだろう。米国は、中国との戦争を核戦争の第三次世界大戦にまでエスカレートさせず、あくまで中国と日本の小競り合いに定義し、日中の限定的な軍事衝突のレベルで押さえようとするだろう。安保理で非難の応酬をしながら、海上で中国軍を効率的に叩き崩し、中国国内で共産党政権に対する反乱を起こさせて瓦解に追い込む戦略に出るはずだ。戦略が成功するかどうかは分からないが、作戦計画はそういう絵になると思われる。いずれにせよ、戦争シミュレーションは別にして、指摘したいのは、今やらないと時機を失すると強く思っているのは、現在では日本ではなく米国の方だということだ。世界最大で最強の軍事力を誇る米国が、覇権国家の座を守るため、中国に軍事的圧力を行使しようとしている。引き金に指をかけている。コロナ禍の中で第三次世界大戦の危機が迫っている。私は再びオオカミ少年の口上を言わなくてはならない。ずいぶん老いぼれたが。
終戦の日の主役となった靖国神社 - 戦後75年の節目の日の覚え書き3点_c0315619_18511122.png 最後に三番目の論点を述べよう。靖国参拝が当然の風景になり、どこからも異論が出ないイデオロギー環境になっているにもかかわらず、9条改憲の機運は弱くなっていることである。9条はバカにされ、無視され否定されているが、平和な中で国民投票で9条を変える緊迫の政治的局面というのは、現実の日程でかなり遠のいた感を強くする。それを遂行するはずの安倍政権が、しわじわと死に体に向かっているからであり、改憲を強力に断行する体力が残ってないからである。コロナ禍の中で解散総選挙を打つタイミングは視界不良になり、刻一刻と総裁任期満了の刻限が迫っていて、衆院議員4年の任期も終わりつつある。また、その前に、安倍晋三の前にトランプ政権が終焉し、ペンスやポンペイオの狂気の対中戦略も破綻しそうな気配が漂う。余程のことがないかぎり、9条改憲の発議は難しいだろう。民主党政権は共和党政権よりも穏健で理性的だから、バイデンが当選後に南シナ海で戦争に突入する愚に出るとは思えない。軍産複合体の意向はともあれ、米国の新政権がトランプと同じ路線で中国への挑発や恫喝を引き継ぐとは思えない。期待もこめてそう楽観しよう。オオカミ少年を続けながら、戦争も改憲もない日常が延長されることを希望したい。
以上、靖国参拝の日常化・常態化と、中国との戦争の危機と、9条改憲の観測と、3点の問題を考えた。