http://www.labornetjp.org/news/2020/hon155
毎木曜掲載・第155回(2020/4/23)
軽々しく五輪に乗ってはいけない!
『反東京オリンピック宣言』(航思社、2016年、小笠原博毅・山本敦久 編、2200円+税)評者:柏原康晴
4年前のブラジルリオ五輪開催時に狙いを定めて出版された17名の執筆者による編著。東京2020五輪の問題を考えるうえでとても参考になる。
収束不能な原発事故を起こしたこの国の首相が、軽々しくアンダーコントロールを騙り「復興五輪」を看板に掲げる人災五輪。国が決めたことに「どうせやるなら」派が軽々しくノッてしまう社会の空気って、なに? 国が招致した複合災害オリンピックに「未必の故意」の共犯者として私たちが動員されないためのストッパーとして、この本が出版されたことに感謝。
第三部「運動の継承」では、これまで各国で開催された国際博覧会や五輪イベントで起きたむき出しの暴力について、それぞれ著者の視点で通底するものが語られている。「人類館事件」(注)で有名な1903年第五回内国勧業博覧会が、大阪日本橋周辺の木賃宿を解体して人々が「釜ヶ崎」へと叩き出された場所で行われた事には驚いた。(↓「人類館」の展示)
時に五輪開催国は、メキシコ五輪前夜のような銃弾での大量虐殺さえ起こす。東京の都立公園の野宿者追い出しと霞ヶ丘アパートの解体も、一見ソフトな対応を装いながら真綿で首を絞める執行者の手口が、ずっと立ち会っていたふたりの若い語り部から痛々しく伝わる。
わずか数日の祭りのために数百年単位で作られた自然環境を破壊、巨大な都市再開発の口実として企業へ土地超大安売り、建築規制の法令無視が常態化する様子も伝わる。
この時点では近未来だった東京2020に向けて、第二部「レガシー」では石川義正が「リップサービスとしてのナショナリズム」を書いている。このポップな文体で締めくくりは単なる皮肉とも思えない。すでに私たちはポンコツで有害過ぎるテーマパークの共犯者だ。言い逃れなど出来ない。
一部紹介しよう。
・・・もちろん「土人」に人権は不要である。私たちひとりひとりが「ディズニーランド」日本の「キャスト」として、「アニメランド」(小池百合子)日本のコスプレイヤーとして生きるのだ。(中略)2020年の東京オリンピック、さらにその後にやってくる日本の壊滅的な社会・経済状況にむけて、おそらくコールハースがいうように「歴史は茶番劇ではなく、サービスとして蘇る」はずだ。享楽の口実として再生する「日本らしさ」ーー天皇制、八紘一宇、七生報国、民族差別等々である。・・・
第四部「アスリート」では、山本敦久が「アスリートたちの反オリンピック」と題して、ローマ五輪でモハメド・アリの選手としての苦悩と晩年の懐柔について書いている。メキシコ五輪陸上男子200m表彰台で見せたブラック・パワーの抗議(写真)。その後日談は日本で知られているのだろうか。3人のアスリートは最後まで身体で訴えたのだ。
(注)「人類館事件」=1903年に大阪・天王寺で開かれた第5回内国勧業博覧会の「学術人類館」において、アイヌ・台湾高砂族(生蕃)・沖縄県(琉球人)・朝鮮(大韓帝国)・清国・インド・ジャワ・バルガリー(ベンガル)・トルコ・アフリカなど合計32名の人々が、民族衣装姿で一定の区域内に住みながら日常生活を見せる展示を行ったところ、沖縄県と清国が自分たちの展示に抗議し、問題となった事件である。
〔付記〕この本の筆者の多く、集団的に作られています。それによって内容が多角的に論じられています。そのため、あえて以下に目次と筆者を紹介します。
●巻頭言
イメージとフレーム―五輪ファシズムを迎え撃つために(鵜飼哲)
●第一部 科学者/科学論
私のオリンピック反対論―スポーツはもはやオリンピックを必要としない(池内了)
災害資本主義の只中での忘却への圧力―非常事態政治と平常性バイアス(塚原東吾)
●第二部 レガシー
先取りされた未来の憂鬱―東京二〇二〇年オリンピックとレガシープラン(阿部潔)
「リップサービス」としてのナショナリズム(石川義正)
●第三部 運動の継承
メガ・イヴェントはメディアの祝福をうけながら空転する(酒井隆史)
貧富の戦争がはじまる―オリンピックとジェントリフィケーションをめぐって(原口剛)
オリンピックと生活の闘い(小川てつオ)
反オリンピック(ジュールズ・ボイコフ)
祝賀資本主義に対抗する市民の力(鈴木直文)
ありがとう、でももう結構―オリンピック協約の贈与と負債(フィル・コーエン)
トラックの裏側―オリンピックの生政治とレガシー・ビジネス、そして効果研究(友常勉)
●第四部 アスリート
競技場に闘技が入場するとき(小泉義之)
アスリートたちの反オリンピック(山本敦久)
なぜ僕がいまだにオリンピックを憎んでいるのか(テリエ・ハーコンセン)
●反東京オリンピック宣言―あとがきにかえて(小笠原博毅)
*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子、杜海樹、ほかです。
毎木曜掲載・第155回(2020/4/23)
軽々しく五輪に乗ってはいけない!
『反東京オリンピック宣言』(航思社、2016年、小笠原博毅・山本敦久 編、2200円+税)評者:柏原康晴
4年前のブラジルリオ五輪開催時に狙いを定めて出版された17名の執筆者による編著。東京2020五輪の問題を考えるうえでとても参考になる。
収束不能な原発事故を起こしたこの国の首相が、軽々しくアンダーコントロールを騙り「復興五輪」を看板に掲げる人災五輪。国が決めたことに「どうせやるなら」派が軽々しくノッてしまう社会の空気って、なに? 国が招致した複合災害オリンピックに「未必の故意」の共犯者として私たちが動員されないためのストッパーとして、この本が出版されたことに感謝。
第三部「運動の継承」では、これまで各国で開催された国際博覧会や五輪イベントで起きたむき出しの暴力について、それぞれ著者の視点で通底するものが語られている。「人類館事件」(注)で有名な1903年第五回内国勧業博覧会が、大阪日本橋周辺の木賃宿を解体して人々が「釜ヶ崎」へと叩き出された場所で行われた事には驚いた。(↓「人類館」の展示)
時に五輪開催国は、メキシコ五輪前夜のような銃弾での大量虐殺さえ起こす。東京の都立公園の野宿者追い出しと霞ヶ丘アパートの解体も、一見ソフトな対応を装いながら真綿で首を絞める執行者の手口が、ずっと立ち会っていたふたりの若い語り部から痛々しく伝わる。
わずか数日の祭りのために数百年単位で作られた自然環境を破壊、巨大な都市再開発の口実として企業へ土地超大安売り、建築規制の法令無視が常態化する様子も伝わる。
この時点では近未来だった東京2020に向けて、第二部「レガシー」では石川義正が「リップサービスとしてのナショナリズム」を書いている。このポップな文体で締めくくりは単なる皮肉とも思えない。すでに私たちはポンコツで有害過ぎるテーマパークの共犯者だ。言い逃れなど出来ない。
一部紹介しよう。
・・・もちろん「土人」に人権は不要である。私たちひとりひとりが「ディズニーランド」日本の「キャスト」として、「アニメランド」(小池百合子)日本のコスプレイヤーとして生きるのだ。(中略)2020年の東京オリンピック、さらにその後にやってくる日本の壊滅的な社会・経済状況にむけて、おそらくコールハースがいうように「歴史は茶番劇ではなく、サービスとして蘇る」はずだ。享楽の口実として再生する「日本らしさ」ーー天皇制、八紘一宇、七生報国、民族差別等々である。・・・
第四部「アスリート」では、山本敦久が「アスリートたちの反オリンピック」と題して、ローマ五輪でモハメド・アリの選手としての苦悩と晩年の懐柔について書いている。メキシコ五輪陸上男子200m表彰台で見せたブラック・パワーの抗議(写真)。その後日談は日本で知られているのだろうか。3人のアスリートは最後まで身体で訴えたのだ。
(注)「人類館事件」=1903年に大阪・天王寺で開かれた第5回内国勧業博覧会の「学術人類館」において、アイヌ・台湾高砂族(生蕃)・沖縄県(琉球人)・朝鮮(大韓帝国)・清国・インド・ジャワ・バルガリー(ベンガル)・トルコ・アフリカなど合計32名の人々が、民族衣装姿で一定の区域内に住みながら日常生活を見せる展示を行ったところ、沖縄県と清国が自分たちの展示に抗議し、問題となった事件である。
〔付記〕この本の筆者の多く、集団的に作られています。それによって内容が多角的に論じられています。そのため、あえて以下に目次と筆者を紹介します。
●巻頭言
イメージとフレーム―五輪ファシズムを迎え撃つために(鵜飼哲)
●第一部 科学者/科学論
私のオリンピック反対論―スポーツはもはやオリンピックを必要としない(池内了)
災害資本主義の只中での忘却への圧力―非常事態政治と平常性バイアス(塚原東吾)
●第二部 レガシー
先取りされた未来の憂鬱―東京二〇二〇年オリンピックとレガシープラン(阿部潔)
「リップサービス」としてのナショナリズム(石川義正)
●第三部 運動の継承
メガ・イヴェントはメディアの祝福をうけながら空転する(酒井隆史)
貧富の戦争がはじまる―オリンピックとジェントリフィケーションをめぐって(原口剛)
オリンピックと生活の闘い(小川てつオ)
反オリンピック(ジュールズ・ボイコフ)
祝賀資本主義に対抗する市民の力(鈴木直文)
ありがとう、でももう結構―オリンピック協約の贈与と負債(フィル・コーエン)
トラックの裏側―オリンピックの生政治とレガシー・ビジネス、そして効果研究(友常勉)
●第四部 アスリート
競技場に闘技が入場するとき(小泉義之)
アスリートたちの反オリンピック(山本敦久)
なぜ僕がいまだにオリンピックを憎んでいるのか(テリエ・ハーコンセン)
●反東京オリンピック宣言―あとがきにかえて(小笠原博毅)
*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子、杜海樹、ほかです。