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Channel: 詩人PIKKIのひとこと日記&詩
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日本のランボーと思う・・左川ちか

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   五月のリボン    左川ちか

窓の外で空気は大聲で笑つた
その多彩な舌のかげで葉が群になつて吹いてゐる
私は考へることが出来ない
其處にはたれかゐるのだらうか
暗闇に手をのばすとただ風の長い髪の毛があつた


    【花咲ける大空に】   左川ちか

それはすべて人の眼である。
白くひびく言葉ではないか。
私は帽子をぬいでそれ等をいれよう。
空と海が無数の花弁(はなびら)をかくしてゐるやうに。
やがていつの日か青い魚やばら色の小鳥が私の顔をつき破る。
失つたものは再びかへつてこないだらう。


    雲のやうに

果樹園を昆虫が緑色に貫き
葉裏をはひ
たえず繁殖してゐる。
鼻孔から吐きだす粘液、
それは青い霧がふつてゐるやうに思はれる。
時々、彼らは
音もなく羽搏(はばた)きをして空へ消える。
婦人らはいつもただれた目付で
未熟な実を拾つてゆく。
空には無数の瘡痕がついてゐる。
肘のやうにぶらさがつて。
そして私は見る。
果樹園がまん中から裂けてしまふのを。
そこから雲のやうにもえてゐる地肌が現はれる。


    【Finale】    左川ちか 


老人が背後で われた心臓と太陽を歌ふ
その反響はうすいエボナイトの壁につきあたつて
いつまでもをはることはないだらう
蜜蜂がゆたかな茴香の花粉にうもれてゐた
夏はもう近くにはゐなかつた
森の奥で樹が倒される
衰へた時が最初は早く やがて緩やかに過ぎてゆく
おくれないやうにと
枯れた野原を褐色の足跡をのこし
全く地上の婚礼は終わつた



    【青い馬】    左川ちか 

馬は山をかけ下りて発狂した。その日から彼女は青い食物を食べる。
夏は女達の目や袖を青く染めると街の広場で楽しく廻転する。
テラスの客等はあんなにシガレットを吸ふのでブリキのやうな空は
貴婦人の頭髪の輪を落書きしてゐる。
悲しい記憶は手巾のやうに捨てようと思ふ。恋と悔恨とエナメルの靴を
忘れることが出来たら!
私は二階から飛び降りずに済んだのだ。

   
     【昆虫】    左川ちか

昆虫が電流のやうな速度で繁殖した。
地殻の腫物をなめつくした。

美麗な衣裳を裏返して、都会の夜は女のやうに眠つた。

私はいま殻を乾す。
鱗のやうな皮膚は金属のやうに冷たいのである。

顔半面を塗りつぶしたこの秘密をたれもしつてはゐないのだ。

夜は、盗まれた表情を自由に廻転さす痣のある女を有頂天にする。

海が天にあがる。


   【The street fair】   左川ちか

舗道のうへに雲が倒れてゐる
白く馬があへぎまはつてゐる如く

夜が暗闇に向つて叫びわめきながら
時を殺害するためにやつて来る

光線をめつきしたマスクをつけ
窓から一列に並んでゐた

人々は夢のなかで呻き
眠りから更に深い眠りへと落ちてゆく

そこでは血の気の失せた幹が
疲れ果て絶望のやうに

高い空を支へてゐる
道もなく星もない空虚な街

私の思考はその金属製の
真黒い家を抜けだし

ピストンのかがやきや
燃え残つた騒音を奪ひ去り

低い海へ退却し
突きあたり打ちのめされる


    【緑】   左川ちか

朝のバルコンから波のやうにおしよせ
そこらぢゆうあふれてしまふ
私は山のみちで溺れさうになり
息がつまつていく度もまへのめりになるのを支へる
視力のなかの街は夢がまはるやうに開いたり閉ぢたりする
それらをめぐつて彼らはおそろしい勢で崩れかかる
私は人に捨てられた


    錆びたナイフ    左川ちか

青い夕ぐれが窓をよぢのぼる。
ランプが女の首のやうに空から吊り下がる。
どす黒い空気が部屋を充たす―― 一枚の毛布を拡げてゐる。
書物とインキと錆びたナイフは私から少しずつ生命を奪ひ去るやうに思はれる。

すべてのものが嘲笑してゐる時、
夜はすでに私の手の中にゐた。


     素朴な月夜

ルーフガアデンのパイプオルガンに蝶が止つた
季節はづれの音節は淑女の胸をしめつける
花束は引きむしられる 火は燃えない
窓の外を鹿が星を踏みつけながら通る
海底では魚が天候を笑ひ 人は眼鏡をかける
ことしも寡婦になつた月が年齢を歎く
  

    毎年土をかぶらせてね

ものうげに跫音もたてず
いけがきの忍冬にすがりつき
道ばたにうずくまってしまう
おいぼれの冬よ
おまえの頭髪はかわいて
その上をあるいた人も
それらの人の思い出も死んでしまった。


    言葉

母は歌うように話した
その昔話はいまでも私たちの胸のうえの氷を溶かす
小さな音をたてて燃えている冬の下方で 海は膨れ上がり 黄金の夢を打ちならし
夥しい独りごとを沈める
落葉に似た零落と虚偽がまもなく道を塞ぐことだろう
昨日はもうない 人はただ疲れている
貶められ 歪められた風が遠くで雪をかわかす そのように此所では
裏切られた言葉のみがはてしなく安逸をむさぼり
最後の見知らぬ時刻を待っている


    緑の焔

私は最初に見る 賑やかに近づいて来る彼らを 緑の階段をいくつ
も降りて 其処を通つて あちらを向いて 狭いところに詰つてゐる
途中少しづつかたまつて山になり 動く時には麦の畑を光の波が畝
になつて続く 森林地帯は濃い水液が溢れてかきまぜることが出来
ない 髪の毛の短い落葉松 ていねいにペンキを塗る蝸牛 蜘蛛は
霧のやうに電線を張つてゐる 総ては緑から深い緑へと廻転してゐ
る 彼らは食卓の上の牛乳壜の中にゐる 顔をつぶして身を屈めて
映つてゐる 林檎のまはりを滑つてゐる 時々光線をさへぎる毎に
砕けるやうに見える 街路では太陽の環の影をくぐつて遊んでゐる
盲目の少女である。

私はあわてて窓を閉ぢる 危険は私まで来てゐる 外では火災が起
つてゐる 美しく燃えてゐる緑の焔は地球の外側をめぐりながら高く
拡がり そしてしまひには細い一本の地平線にちぢめられて消えてし
まふ

体重は私を離れ 忘却の穴の中へつれもどす ここでは人々は狂つ
てゐる 悲しむことも話しかけることも意味がない 眼は緑色に染まつ
てゐる 信じることが不確になり見ることは私をいらだたせる

私の後から目かくしをしてゐるのは誰か? 私を睡眠へ突き墜せ。


    【死の髯】

料理人が青空を握る。四本の指跡がついて、
――次第に鶏が血をながす。ここでも太陽はつぶれてゐる。
たづねてくる青服の空の看守。
日光が駆け脚でゆくのを聞く。
彼らは生命よりながい夢を牢獄の中で守つてゐる。
刺繍の裏のやうな外の世界に触れるために一匹の蛾となつて窓に突きあたる。
死の長い巻鬚が一日だけしめつけるのをやめるならば
私らは奇蹟の上で跳びあがる。

死は私の殻を脱ぐ。



    【眠つてゐる】

髪の毛をほぐすところの風が茂みの中を駈け降りる時焔となる。
彼女は不似合な金の環をもつてくる。
まはしながらまはしながら空中に放擲する。
凡ての物質的な障碍(しょうがい)、人は植物らがさうであるやうにそれを
全身で把握し征服し跳ねあがることを欲した。
併し寺院では鐘がならない。
なぜならば彼らは青い血脈をむきだしてゐた、背部は夜であつたから。
私はちよつとの間空の奥で庭園の枯れるのを見た。
葉からはなれる樹木、思ひ出がすてられる如く。あの茂みはすでにない。
日は長く、朽ちてゆく生命たちが真紅に凹地埋める。
それから秋が足元でたちあがる。


    【海泡石】

斑点のある空気がおもくなり、ventilator が空へ葉をふきあげる。

海上は吹雪だ。紙屑のやうに花葩(はなばな)をつみかさね、
焦点のないそれらの音楽を舗道に埋めるために。
乾いた雲が飾窓の向ふに貼りつけられる。

うなづいてゐる草に、lantern の影、それから深い眠りのうへに、
どこかで蝉がゼンマイをほぐしてゐる。

ひとかたまりの朽ちた空気は意味をとらへがたい叫びをのこしながらもういちど
帰りたいと思ふ古風な彼らの熱望、暗い夏の反響が梢の間をさまよひ、
遠い時刻が失はれ、かへつて私たちのうへに輝くやうにならうとは。

(註)
 海泡石=かいほうせき。粘土鉱物。
      主成分は酸化マグネシウムと二酸化ケイ素。土状の白色の塊。


    【白く】

芝生のうへを焔のやうにゆれ
アミシストの釦がきらめき
あなたはゆつくりと降りてくる
山鳩は失つた声に耳を傾ける。
梢をすぎる日ざしのあみ目。
緑のテラスと乾いた花弁。
私は時計をまくことをおもいだす。


     白と黒

白い箭(や)が走る。夜の鳥が射おとされ、私の瞳孔へ飛びこむ。
たえまなく無花果の眠りをさまたげる。
沈黙は部屋の中に止まることを好む。
・・・・・・・・・・・・
おお、けふも雨の中を顔の黒い男がやって来て、
私の心の花苑をたたき乱して逃げる。
長靴をはいて来る雨よ、
夜どほし地上を踏み荒らしてゆくのか。


      乾燥すると水に浮く。タバコのパイプなどにする。メアシャム。
 ventilator=ベンチレーター。通風機。送風機。換気扇。
 lantern=ランタン。角灯。カンテラ。ちょうちん。

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