李陸史(イユクサ) 訳/安宇植(アンウーシク)
「おまえは石橋の袂(たもと)で拾ってきた」といっていた
祖母の叱言(こごと)をまこととしよう
おれは本当に堤防の傍のあの村に
捨てられた 孤児たっだのかもしれない?
だから十八歳の新春は
柳笛の調べに託してやり過ごし
初恋が流れていった港町の夜
涙混じりに飲んだ酒は 真っ赤な血よりも甘かった
功名がおれを嫌ってるといわれようと 一度でも声をかけたことがあったか
風まかせに帰ってきた村もからっぽで
霜を踏んで歩いた夜明けの路上で
肝臓ばかりが白っぽく紅葉し
蜘蛛の巣だけが足首に絡みつくにしても
鉄鎖につながれたように重くなる
雪の上を歩いていくと 足跡が地図になり
ときには不安におののき 風も吹く
(安宇植訳「李陸史詩集 韓国文学名作選」講談社より)
青葡萄 李陸史(イユクサ) 訳/安宇植(アンウーシク)
わがふるさとの七月は
たわわの房の葡萄の季節
ふるさとの伝説は一粒一粒に実を結び
つぶらな実に遠い空の夢を宿す
空の下の青海原は胸を開き
白い帆船が滑るように訪れると
待ち詫びる人は船旅にやつれ
青袍(あおごろも)をまとって訪れるという
待ち人を迎えて葡萄を摘めば
両の手のしとどに濡れるも厭わず
童(わらべ)よ われらが食卓に銀の皿
白い苧(からむし)のナプキンの支度を
一つの星をうたおう 李陸史(イユクサ) 訳/安宇植(アンウーシク)
一つの星をうたおう。たった一つの星を
十二星座のあのおびただしい星の群れを どうしてうたえようか
たった一つの星! 朝 消え去るときに見て 夜 現れるときに見る星
ぼくらとものすごく親しく もっとも輝かしい星をうたおう
美しい未来を切り開く 東方の大きな星を持とう
一つの星を持つことは 一つの地球を持つこと
染みだらけの悲しみよりほかに失うものとてない 古臭いこの地上で
一つの新しい地球をわがものとする 来たる日の喜びの歌を
喉も裂けよと声を張り上げ 心ゆくまでうたってみよう
乙女の瞳を感じつ帰っていく 軍需夜業の若き友たち
青いオアシスを思い描く辛い砂漠の キャラバンも心を潤すがいい
火田(かでん)に石くれを拾う農民たちも 沃野千里をわがものとしよう
だれもがおのれにふさわしい豊饒の地球の主宰者として
主(あるじ)のなき一つの星をわがものとする 歌をうたおう
一つの星一つの地球がしっかりと鍛えられたその地上に
あらゆる生産の種をわれらが手で蒔いてみよう
嬰粟(えいぞく)のような輝かしい実を穫り入れる饗宴では
礼儀にこだわることなしに半酔の歌でもうたってみよう
厭離穢土(えんりえど)し人々を治めたまう神はつねに神聖にして
新星を求めていく移民の群れに加わることはないから
新しい地球に寄せられた罪なき歌を 真珠のごとく撒き散らそう
一つの星をうたおう。たとえ一つの星であれ
一つまた一つの十二星座すべての星をうたおう
素敵な詩人はどこ国にでもいる。心惹かれる詩も・・
最近のぼくのお気に入りの詩人が戦前の朝鮮半島の詩人、李陸史(イユクサ、1904〜1944年)。抗日運動家でもあった李陸史(イユクサ)が日本の官憲によって殺されたのは、まだ41歳の時だったという。
【訳注】
・火田(かでん) ・・・ 焼き畑のこと。
・罌粟(えいぞく) ・・・ ケシが嬰粟と誤伝されたのであろう。ケシは韓国では、楊貴妃と呼ばれるほうが多い。
・厭離穢土(えんりえど) ・・・ 仏教で、汚れたこの世を嫌って離れること。