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Channel: 詩人PIKKIのひとこと日記&詩
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世に倦む日日 「グレアム・アリソンの『米中戦争前夜』 - 「己を知る」視点の欠如と脱炭素競争

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    グレアム・アリソンの『米中戦争前夜』 - 「己を知る」視点の欠如と脱炭素競争_c0315619_12590221.png敵を知り己を知れば百戦危うからず。アリソンは著書の中で何度かこの孫子の兵法を引用していて、この格言に従ってアメリカは対中戦略を立案すべしと説いている。だが、本の中身を読むと、中国の台頭については偏見なく科学的な視線で捉えているものの、アメリカの内部事情や今後については正確で十分な認識ができていない。この点がアリソンの分析と立論の欠点であり、政策提言を根本的に誤らせる原因となっていると思われる。もし、アリソンに「己を知る」謙虚な理解力と判断力があれば、ジョージ・ケナンの封じ込め政策を持ち上げてそれを対中戦略に再適用せよなどと言うはずがないし、ソ連との冷戦のサクセスストーリーを対中国新戦略のコンセプトに基礎づけるなどという愚を犯すはずがない。『米中戦争前夜』の第1章で、アリソンは中国の経済発展と技術力を説明し、すでにアメリカ凌ぐスーパーパワーを持っていると指摘、経済と技術の比較ではアメリカが劣後している事実を素直に認めている。にもかかわらず、結論として導くのは冷戦戦略の再現であり、50年前の米ソ対決の構図の設定と踏襲というアナクロなのだ。


グレアム・アリソンの『米中戦争前夜』 - 「己を知る」視点の欠如と脱炭素競争_c0315619_12585002.png台頭する中国の力を認めながら、アリソンは中国に対してアメリカは冷戦戦略で臨むべしと言い、パワーゲームで優位に立てると展望している。具体的な提言を示すときには、アリソン自身がケナンの思考と発想に憑依していて、黄金期で絶頂期だったアメリカを前提する主観的立場になっている。クリントン政権で国防次官補だった当時の、超大国アメリカの自意識のままで、対中戦略を構想するということをやっている。中国に対する観察は正確だが、自分自身(アメリカ)に対する観察は弱く、そこにリアルで慎重な内省がない。アメリカが深刻な病理に陥っているという自覚がなく、国力が決定的に衰えているという認識がない。この本をアリソンが書いていたときはトランプ政権前期で、まさに分断が問題になっていたときだった。トランプは民主主義の理念や価値などに関心のない独裁志向の政治家で、金正恩のような専制君主の振る舞いを欲望していたかの如きだったが、アメリカの半分の国民は熱狂的に支持していた。ソ連と冷戦を戦っていたときの、健全な中産階級が支配的だったアメリカではなく、無一文の移民が渡ってきて夢を追いかけられるアメリカでは最早ない。


グレアム・アリソンの『米中戦争前夜』 - 「己を知る」視点の欠如と脱炭素競争_c0315619_12591919.pngアリソンから見て、コロナ禍の対応の米中の彼我はどうだろう。これこそが国力の差だ。感染者数が世界で最も多い国がアメリカで、インドやブラジルやロシアよりも多い。1年間を通じてそうで、アメリカはコロナ禍を抑えることができなかった。全く無力だった。インドやブラジルやロシアが感染者が多いというのは分かる。国の公衆衛生の発達水準やら、国民生活の清潔度やら、社会の規律遵守のレベルなどから、未だ先進国の範疇に入らない彼らの状況はよく想像でき納得できることだ。しかし、それらの国々を凌いでアメリカが世界最悪というのはどうしてだろう。ブラジルやロシアよりも感染対策が不能なのはなぜなのか。各国のコロナとの戦いとその結果は、指導者と政府の能力を示す答案用紙と採点そのものであり、国民の結束力や忍耐力を測るベンチマークである。どこの国が最も成功したのか。言うまでもなく中国だ。武漢の感染封じ込めのオペレーションは素晴らしかった。児玉龍彦が絶賛していた。中国には圧倒的な科学技術力があり、パンデミックに打ち克つ財力がある。感染症と戦う国民のエートスがある。


グレアム・アリソンの『米中戦争前夜』 - 「己を知る」視点の欠如と脱炭素競争_c0315619_13040749.png中国は途上国にマスクや防護服など医療物資の支援もした。アメリカはどうかというと、他国が発注したN95マスクを強引に横取りして不興を買う始末だった。それが米中の現実である。アフリカの途上国などから見て、コロナ禍という人類全体の危機を前にしての、米国と中国はどう評価され、今後についてどういう観測と予見を持つことだろうか。パンデミックはこれからも起きる。国連SDGsが掲げた「ミレニアム開発目標」には、大きく8つの目標が掲げられていて、「貧困と飢餓の撲滅」とか、「普遍的な初等教育の達成」とか、「ジェンダー平等の推進」とかと並んで、6番目に「HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止」が据えられている。パンデミックの脅威から人類全体を守り、特に低開発の貧しい諸国の人々を守ることは、豊かな国々の使命であり責務だろう。今回、中国こそ優等生であり、世界一の実力を示した。さて、果たして、次のパンデミックが襲来したとき、アメリカはその克服に成功することができるだろうか。中国と台湾と韓国は、嘗てのSARSやMARSの経験を教訓にして、今回は世界のお手本となる対策を講じ得た。アメリカはそれが可能だろうか。


グレアム・アリソンの『米中戦争前夜』 - 「己を知る」視点の欠如と脱炭素競争_c0315619_12593562.pngパンデミック対策での中国とアメリカの力の差は歴然だと断定できるが、私は、二度目のパンデミックもアメリカは防疫に失敗するだろうと予感する。SDGsの8目標の一つである感染症問題で、アメリカは中国に負けた。能力がなく、優位を譲った。この事実を確認した上で、もう一つ、中国がアメリカに力の差を見せつける新たな局面があるだろうと私は予想する。それは、地球温暖化の問題であり、温室効果ガス削減のスピードとパフォーマンスの競争においてである。二酸化炭素排出量の国別比率の統計を調べると、この15年ほどの推移を掴めるが、中国がアメリカを抜いて1位になっている。この2大国はCO2削減に後ろ向きな国で、とりわけ中国は世界からの批判を無視して石炭を燃やし、CO2を出しまくって大気を汚してきた。電力需要の手当てを優先させ、経済を回すために環境を犠牲にしてきた。日本や韓国は大きな迷惑を蒙ってきた。が、その中国が俄に態度と方針を変え、昨年、習近平が2060年までに温室効果ガスゼロを目指すと表明、パリ協定の目標実現に向けて取り組みを加速させている。国際社会でのプレゼンス向上を企図して、パリ協定の優等生になるべく舵を切り始めた。注目すべき転換だ。


グレアム・アリソンの『米中戦争前夜』 - 「己を知る」視点の欠如と脱炭素競争_c0315619_13001763.png昨年11月、2025年の国内新車販売台数で「新エネルギー車」の販売比率を20%にすると、中国政府が野心的な目標を掲げてEVシフトの流れを作ったのも、習近平の環境政策の新方針に沿ったものだろう。中国には再生エネの技術開発力があり、再生エネ発電の実績も着々と上げている。太陽光パネルの生産量は圧倒的に世界一で、風力タービンの生産量でも上位10社のうち5社を中国企業が占めている。2019年の電源構成別発電量を見ると、太陽光が3.1%、風力が5.5%の比率を占めている。同じ2019年の日本の電源構成は、風力0.8%、太陽光7.4%で、風力と太陽光を合計した比率では、中国の方がすでに日本を上回っているのだ。現時点で日本よりも再生エネ化が進んでいる。今後、おそらくアメリカも猛烈な勢いで再生エネ化を進めると予想され、中国とアメリカの間で脱炭素化の覇権争いの熾烈なデッドヒートが演じられるに違いない。果たして、競争に勝つのはどちらで、脱炭素化の技術イニシアティブを握るのはどちらだろう。興味深いマッチプレーだが、アメリカには若干のハンディキャップがある。それは、オバマが主導して開発したシェール産業と市場であり、その雇用の所与である。簡単にゼロにできない。


一方、中国には国内の石油・ガス産業の足枷がない。国家主導で、勢いよくイノベーションして再生エネの発電コストを下げ、エネルギーの世界市場をリードして行くだろう。途上国を中国の仕様と製品で包摂して行くだろう。パンデミック対策の競争で中国はアメリカに勝った。地球環境問題でも中国がアメリカを凌駕すると思われる。

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