毎木曜掲載・第188回(2021/1/21)
「経済人間」から「倫理人間」へ『日本型新自由主義の破綻―アベノミクスとポスト・コロナの時代』(稲垣久和+土田修、春秋社、2020年12月刊、1800円)評者:志真秀弘
「コロナ対策か、経済を回すか」などという二者択一がまかり通るのはどうしてだろうか。両方ともまともになされていないのが実態なのにそれを隠し、見ぬかれないために、どちらをとるかと無意味な二者択一を迫る。政府側のこのあざとい仕掛けをマスコミが厚化粧して隠してしまう。本書は問題の根本を捉えることで、こうしたカラクリを明らかにする。タイトルは、いささかしかつめらしく感ずるが、本書は一読きわめて具体的で、運動のための実践知が詰まっている。
羽田都心ルート反対運動の章はその実例である。この羽田から都心上空を経るルートがどれほど危険かは、たやすくわかるが、それが譲れない「国策」であることを、本書で私は初めて知った。「儲かる東京」(小池都知事)を掛け声に、羽田を外国人訪日客優先で1日50便増便するのがこの危険なルート開発の理由というから驚く。東京オリンピックに間に合わせることを決め台詞よろしく使い、カジノ誘致(IRリゾート)までこれに絡めるやり方には著者ならずとも呆れるしかない。が、利益こそすべてなのであって都民の生活などどうでもいい、たかが騒音くらいなんでもない、それが彼らの本音だ。そして昨年3月末、コロナ蔓延でがら空きになった飛行機が、緊急事態宣言下の東京の真上を、予定通り発着開始した。
まるでブラックコメディだと、しかし笑ってはいられない。いまのわれわれ自身の問題でもある。そう著者は指摘する。だからこそ著者の稲垣は都心ルート反対運動に立ち上がった。(*写真=ツイッターより)
新自由主義は、もともとはシカゴ学派に代表される流れを指していたが、今や現代資本主義の特徴を示す言葉になった。労働条件が極限まで切り下げられ、1%たらずの超富豪がますます富む社会をもたらしたのは、間違いなく新自由主義である。日本に即して言えば中曽根の国鉄民営化=国労潰しを発端に小泉・竹中のもとで大手を振って進んだ。その根っこにあるのは利益第一主義・経済優先主義の人間観に他ならない。この非人間的人間観こそ問題なのだ。
運動のなかで倫理・モラルを第一とする人間観へとそれを転換することを著者は主張する。過日の〈あるくラジオ〉の番組「国鉄闘争とはなんだったのか」で森健一さんは国労闘争団を支えたのは、仲間と共に生きる道徳性だと語っていた。著者の主張も森さんのそれと同じ趣旨と言っていい。
「一人一人の生活から立ち上がる実践的な住民運動を理論化すること」だと、著者は述べている。それはわれわれの人間観・人間性を考え創ることにつながるはずだ。「経済人間から倫理人間へ」の主張も意味深い。
本書はフランスの「黄色いベスト運動」を新自由主義の権化マクロン政権への抵抗闘争として詳しく紹介している。このほかにもスペインはじめ「新しい階級闘争」がヨーロッパ・アメリカなど各地に広がろうとしているとの指摘は興味深い。こうした国際的な視野に加えて、「公共性」をめぐる洞察、オリンピックへの批判、コロナ禍をめぐる提起も実際的であり、読みどころは数えきれない。
物理学を修め、哲学・神学を学んだ著者稲垣と国際ジャーナリスト土田との協働が実った思慮深く実践的な好著である。
*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子・志水博子、ほかです。