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Channel: 詩人PIKKIのひとこと日記&詩
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たんぽぽ舎メルマガ NO.3973~新型コロナ禍での東海第二原発再稼働工事の中止を求める

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たんぽぽ舎です。【TMM:No3973】
2020年7月2日(木)地震と原発事故情報-
             5つの情報をお知らせします
                      転送歓迎

★1.新型コロナ禍での東海第二原発再稼働工事の中止を求める
   日本原電は誠意をもって回答せよ
   (7/1日本原電抗議行動で申し入れ書提出)
            「とめよう!東海第二原発首都圏連絡会」
★2.原発県民投票が5対53で否決に!…茨城県議会
   いばらき便り-東海第二原発をめぐる市民運動から vol.1
         野口 修(東海第二原発の再稼働を止める会、
              茨城県在住)
★3.「六ヶ所再処理工場-核燃サイクル」の問題を中心に
   7月4日(土)3ヶ月ぶりの山崎ゼミのご案内
            坂東喜久恵(たんぽぽ舎ボランティア)
★4.志賀直哉の筆による102年前のスペインかぜに襲われた
   家庭の恐怖は、現在のコロナウイルスの恐怖と同じ
   スペイン風邪による全世界の患者6億人、死者2,300万人
   日本では2,100万人が発症し、約38万人が死亡
             増尾 誠(メルマガ読者、京都府在住)
★5.トリチウム水海洋放出反対意見書
   福島県郡山市の議会が全会一致で可決…
   メルマガ読者からの原発等情報1つ(抜粋)
                  黒木和也 (宮崎県在住)
━━━━━━━ 
☆ 脱原発川柳【リニア延期もう永遠に延期かも】乱 鬼龍 転載歓迎
━━━━━━━ 
※7/4(土)『山崎ゼミ』のご案内です。ご参加ください。

【六ヶ所村再処理工場】
「新規制基準-審査書案-では何が問題か」

 お 話:山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
 日 時:7月4日(土)14時より17時   
 会 場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)
 参加費:800円  「予約」は必要ありません。
━━━━━━━ 
※7/6(月)講演会にご参加を!

 「維新の会」って何やねん
 講 師:清水ただしさん(共産党衆議院議員:大阪比例区)
 日 時:7月6日(月)18時より21時
 会 場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)
 参加費:800円 新ちょぼゼミ
※要予約―定員25名 (7/2時点で12名の予約)
  予約方法:たんぽぽ舎 TEL 03-3238-9035 か
       メール  nonukes@tanpoposya.net で
       ご氏名と電話番号をお知らせ下さい。
       予約受付番号をお知らせいたします。
*最初の1時間は主催者側から新型コロナ緊急経済対策のプレゼン実施
━━━━━━━ 
※7/13(月)岩垂さん連続講座にご参加を!

 10回連続講座「日本人は核にどう向き合ってきたか
        被爆75年、核廃絶運動を顧みる」
 第4回「原水禁運動の分裂と抗争」

 講 師:岩垂 弘さん(ジャーナリスト・元朝日新聞編集委員)
 日 時:7月13日(月)14時より16時30分
 会 場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)
 参加費:800円

 ※上記3つの学習会では「新型コロナウイルス」対策を致します。
  ・会場入り口に手指消毒用ボトルを用意します。
  ・机の上に消毒液を噴霧しペーパータオルで拭きます。
  ・窓をこまめに開けて換気に配慮します。
  ・「密集」しないように着席していただきます。
  ・体調に不安のある方は、無理に参加しないで下さい。
━━━━━━━ 
 
┗■1.新型コロナ禍での東海第二原発再稼働工事の中止を求める
 |  日本原電は誠意をもって回答せよ
 |  (7/1日本原電抗議行動で申し入れ書提出)
 └────  「とめよう!東海第二原発首都圏連絡会」

日本原子力発電株式会社
取締役社長  村松 衞 様

      申 し 入 れ 書
                     2020年7月1日

 東海第二原発は2011年3月11日の東日本大震災で過酷事故寸前だった
被災原発で、稼働40年を超えた老朽原発です。
 30km圏内には94万人が生活し、都心まで116kmの人口超過密地帯の
首都圏原発です。
 首都直下型地震や茨城県沖の大地震がいつ起きてもおかしくない
という現状です。
 しかも現在、新型コロナウイルスのパンデミックによる危機的状況は
悪化の一途をたどり、日本においても収束のきざしはまったくみえず、
秋・冬の第二波の感染対策が極めて重要と指摘される中で、東京を中心
とする首都圏においては東京アラート解除後も感染者数は増加傾向に
あり、第一波の収束すら予断を許さない状況にあります。

 コロナ禍で東海第二原発の過酷事故が起きた場合、大規模な住民避難
対策と原発事故対応とはまったく相容れず、住民を恐怖のどん底に
追いやることとなり、再稼働は絶対に許されるものではありません。

 「日本科学者会議」は、コロナ禍において原発災害時の屋内退避と
被曝防止の両立は困難である事を指摘し、コロナ収束まで直ちに原発の
運転を停止するよう提言しています。

 私たちは昨年11月27日、茨城県の村上前東海村村長をはじめとする
署名提出交渉団を結成し、貴社に東海第二の再稼働工事の中止を求める
63,328筆の署名と「申し入れ書」を提出。
 それまで受取りを拒否し続けてきた貴社は1年5カ月ぶりに署名と
「申し入れ書」を受理されました。
 しかしその後も4月~6月、毎月提出した申し入れ書に対しても
貴社からの回答は一切ありません。

 首都圏の住民に不安・恐怖、絶望感を与えている東海第二原発の
再稼働に向けた一切の工事を、新型コロナ終息まで中止して下さい。
 これは人間にとって最も大事な命と暮しを守るか破壊するか否かの
重大な問題です。誠意をもって回答されるよう重ねて強く要望します。

回答期限:2020年7月15日(水)
 回 答 先:「とめよう!東海第二原発首都圏連絡会」

※7/1日本原電抗議行動の報告は後ほど、
 メールマガジンにて紹介します。

 
┗■2.原発県民投票が5対53で否決に!…茨城県議会
 |  いばらき便り-東海第二原発をめぐる市民運動から vol.1
 └──── 野口 修(東海第二原発の再稼働を止める会、
            茨城県在住)
◎ これから、月1回連載する「いばらき便り」です。
 主に「東海第二原発を巡る問題」を市民運動のできごとから見て
いき、これからの民主主義のあり方を探ると同時に、東海第二原発の
成り行きを検証していけたらと思います。

◎ ご存知のように東海第二原発は、茨城県東海村にあります。
 東海村に初めて原子の火が灯ったのは、1957年8月27日で、東海村
立地を決めた原子力委員長の正力松太郎が運転開始のスイッチを
押したといいます。
 ここに日本で初めての原発が動き出したわけです。夢と希望に満ち
て、当時のサザエさんの連載漫画にも「いよいよ日本の原子炉にも火が
ついたね」と掲載されたそうです。

 その後の原発を巡る歴史は言うまでもありません、チェリノブイリ
事故(1986年)、JCO臨界事故(1999年)、3・11東日本大震災
(2011年)、福島第一原発事故。同時に東海第二原発も被災(2011年)
し、現在運転停止をしています。今や「夢と希望に満ちた」とは、
誰もが思わない事態になっています。

 東海第二原発は、1978年11月28日に運転開始し、2018年11月27日で
40年を迎えましたが、原子炉等規制法で定められた運転期間40年という
規制は、規制委員会の意見で例外的に最長20年延長できることになり、
現在に至っています。この現状に対して、再稼働の是非が問われている
のが市民運動・行政・企業の現在と動向です。

◎ 2020年6月23日、茨城県議会では、注目の議案の採決が
ありました。「東海第二原子力発電所再稼働の是非を問う県民投票」の
採決です。同条例案は市民団体「いばらき原発県民投票の会」が必要数
を超える8万6703名の署名を集めて知事に直接請求し、知事が
6月定例議会に提出したもの。
 採決の結果は賛成5人、反対53人で否決となりました。閉会後、
条例案に対しての賛否を明示しなかった知事は「県議会の議論は
いろいろ示唆に富む点があった。分析して今後の施策につなげたい」と
報道陣に話したとう。

 一方、投票の会共同代表の徳田氏は、「多くの方の期待に答えられ
なかったことを詫び、「各地で真剣に考え、話し合う機会がたくさん
生まれた。生まれた芽は、長い年月をかけてしっかりと根を張って
花開いていくだろう」と期待を込めた。

◎ 私は、この日傍聴にいき、その後の反省会に出席をしました。
反省会には30人ほどが参加しました。共同代表の徳田さん、山崎さん、
鵜沢さんも参加し、参加者からの感想や今後の事が話されました。
 ここで重要な意見が出ました「結果は5対53で負けたが、負けた
気がしない」というものです。この日の話し合いは「なぜか清々しい
気持ちがする」「やり甲斐があった」「行動することができた」など、
多くは、今回の行動に対しての肯定的な意見であった。
 が、しかし結果は否決であるのです。この、「負けたのだが負けて
いない」という思いは、なんだろうか。市民運動の思い上がり
だろうか?
 何に負けて、何に負けてないというのだろうか?

 現在、世界各地で人種問題の抗議運動が起こっています。この運動が
長すぎる運動ともいえます。公民権運動から続くアメリカの市民運動の
歴史ともいえます。
 この長すぎる運動に対して、政治学者の藤原帰一氏は「運動が非暴力
から暴動に転じると、法と秩序の名の下に力によって市民的不服従が
押さえ込まれ、結果として不公正が長続きしてしまう」と興味深い言葉
を投げかけました。そして現在の非暴力的な連帯の抗議活動に、
注目をしていると。

◎ 私たちは「不公正に負けて、公正は負けていない」と言えない
だろうか。
 だから、清々しい気持ちがあらわれ、大きく負けているにも
関わらず、負けていないといえるのではないだろうか。
 近代の歴史は、公正な民主主義の争いであった。民主主義を戦争の
旗頭にしたように、死に物ぐらいで民主主義の戦いをしてきた。
 しかし、それは暴動でもあったのではなかったか。

 県民投票条例の議会での採決は否決であったが、非暴力で、不公正を
正していく、新たな民主主義の萌芽がこれからの希望であるとする
ならば、清々しい気持ちは、そのあらわれと思えてならない。

 
┗■3.「六ヶ所再処理工場-核燃サイクル」の問題を中心に
 |  7月4日(土)3ヶ月ぶりの山崎ゼミのご案内
 └──── 坂東喜久恵(たんぽぽ舎ボランティア)

   講 師:山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
   日 時:7月4日(土)14:00~17:00
   会 場:スペースたんぽぽ(ダイナミックビル4F)
   参加費:800円  「予約」は必要ありません。

 日本全体が「自粛・自粛」で社会も経済も停滞していたというのに、
その間に原子力規制委員会は、5月13日に六ヶ所再処理工場の「事実上
の合格を出す」、経産省は「東電福島第一原発汚染水の海洋投棄を
画策」するなどで問題だらけ。

 今回の山崎ゼミの中心テーマは「六ケ所再処理―核燃サイクル」の
問題点です。
 あわせて、6月25日に開催された「東電株主総会」の報告も
あります。
 いつも最新情報満載の学習会。
 質問・意見等の時間も十分あります。ご参加ください。

 
┗■4.志賀直哉の筆による102年前のスペインかぜに襲われた
 |  家庭の恐怖は、現在のコロナウイルスの恐怖と同じ
 |  スペイン風邪による全世界の患者6億人、死者2,300万人
 |  日本では2,100万人が発症し、約38万人が死亡
 └──── 増尾 誠(メルマガ読者、京都府在住)

◎ 大正8年(1919年)4月に『白樺』に発表された短篇「流行感冒」
(原題「流行感冒と石」)は、志賀直哉が千葉県の我孫子に居を構えて
いた36歳の時の作品で、スペイン風邪が日本までやってきたときの
志賀家のありようが鮮明に描かれております。
 元気象庁天気相談所長の宮沢清治氏は、防災歳時記「スペイン風邪、
猛威を振るう」(消防防災科学センタ―No.055 1998冬号)の中で、
次のように記述しております。
 「大正7年早春、米国で発生したインフルエンザ(流行性感冒)は、
翌8年にかけてスペイン、仏、英国などヨーロッパに広がり、
『スペイン風邪』と呼ばれた。同時に中国、日本へも侵入し、全世界を
覆い、空前絶後の惨禍となった。
 日本での流行には三つの波があった。
 第一波は、大正7年3,4月ごろ、日本に侵入し、初夏には止んだ。
 第二波は、その年の9月中旬から10月上旬にかけて全国に広がった。
これは過去数百年間の疫病のうち、最も劇的な大流行であった。
 第三波は、翌大正8年1月下旬から2月にかけて日本中に蔓延した。
 スペイン風邪による全世界の患者6億人、死者2,300万人。日本では
国民の5人に2人にあたる2,100万人が発症し、約38万人が死亡したと
いわれる。」

◎ このとき、我孫子での志賀家には大正6年生まれの次女がおり
ました。
 しかし、前年に生まれた長女を2か月足らずで失ったこともあり、
この子供ためには病的に病気を恐れていました。
 小説では、流行性の感冒が我孫子の町にもやってきたが、主人公は
それをどうかして自家(うち)に入れないようにしたいと考え、運動会
へも誰もやらぬ事とし、女中にも町の使いで話しこんだりしないこと
や夜の旅芝居の見物も禁じていました。
 こういう背景のもとで、主人公が女中の石の行動と返事に不信感を
募らせイライラするさまなどが複雑に展開していきます。
この中で流行感冒の記述が鮮明に展開していきます。

◎ 少し紹介すると次のとおりです。

 「三週間ほど経った。流行感冒もだいぶ下火になった。…私は気を
ゆるした。木を植えるためにそのころ毎日二、三人植木屋がはいって
いた。手伝いなどで昼間は主に植木屋と一緒に暮らしていた。
 そしてとうとう流行感冒に取り付かれた。植木屋からだった。
 私が寝た日から植木屋は皆来なくなった。
 四十度近い熱は覚えて初めてだった。

 腰や足が無闇とだるくて閉口した。しかし一日苦しんで、翌日に
なったら非常によくなった。ところが今度は妻に伝染した。妻に伝染
する事を恐れて直ぐ看護婦を頼んだが間に合わなかったのだ。
 この上はどうかして佐枝子にうつしたくないと思って、東京からもう
一人看護婦を頼んだ。
 一人は妻に一人は佐枝子につけておく心算だったが、母と離されて
いる佐枝子は気難しくなって、なかなか看護婦には附かなかった。
間もなくきみ(女中)が変になった。…俥で半里ほどある自身の家へ
送ってやった。しかし暫くするとこれはとうとう肺炎になって
しまった。

 今度は東京からの看護婦にうつった。今なら帰れるからとかなり
熱のあるのを押して帰っていった。しまいに佐枝子にも伝染って
しまって、健康なのは前にそれを済ましていた看護婦と、石とだけに
なった。
 そしてこの二人は驚くほどによく働いてくれた。…佐枝子は何時もの
習慣で乳房を含まずにはどうしても寝付かれなかった。石がおぶって
漸く寝付かせたと思うとまた目を覚まして暴れ出す。石は仕方なく、
またおぶる。…夜はその疲れ切った体でこうして横にもならずにいる。
 私は心から石にいい感情を持った。私は今まで露骨に邪慳にして
いた事を気の毒でならなくなった。…」

 あとがきに、志賀直哉は「事実をありのままに書いた」と記して
おります。
 スペインかぜの伝染力のすさまじさや怖さは、今のコロナウイルス
とまったく同じだと思います。
 百年前の出来事であり、今の世代では知る人はいなくなって
おります。
 小説とはいえ大変貴重な資料だと思い紹介いたしました。
 
┗■5.トリチウム水海洋放出反対意見書
 |  福島県郡山市の議会が全会一致で可決…
 |  メルマガ読者からの原発等情報1つ(抜粋)
 └──── 黒木和也 (宮崎県在住)
1.トリチウム水海洋放出反対意見書
  福島県郡山市の議会が全会一致で可決
  7/1(水)12:23配信「テレビユー福島」
https://news.yahoo.co.jp/articles/1c5eab580f10568b457779768228a95d968a0d

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