http://www.labornetjp.org/news/2020/hon164
毎木曜掲載・第164回(2020/7/2)水になれ、友よ!
『香港デモ戦記』(小川善照、集英社文庫、2020年5月20日発行)評者:根岸恵子
昨晩(6/30)、Facebookで香港民主派政治団体「デモシスト」が解散し、最後のあいさつにとメンバーが並んでいる投稿写真を見た。アグネス・チョウ、ジョシュア・ウォンたちの顔がある。ちょうどこの書評を書いているところだったので、重たい気持ちになった。著者の小川さんはどんな気持ちなのだろう。
『香港デモ戦記』。著者の小川善照さんは2014年の雨傘運動から香港を取材している。自らの足で体当たりする現場主義で、実に生き生きと闘う香港を描いている渾身のルポルタージュだ。小川さんならではの暖かな人に対する眼差しが、デモに参加する人々の顔を捉えている。この闘いは一人一人の人間の闘いなのである。
さて、今朝(7/1)の朝日新聞の一面トップに「香港国家安全法が施行」「一国二制度 骨抜き」の文字。香港はどうなってしまうのだろう。私には、7月1日というのが作為的に思えた。たぶん中国政府もこの日に意味があったのだ。1997年、香港が英国領から中国に返還された日だから。本来なら大きなデモがある日だったのに。
返還の時、中国は50年間、「一国二制度と高度な自治を堅固する」と約束した。世界中の人が、2047年まで香港の自由が担保されると信じていた。しかし、たった23年で、香港の人々の意思もなく、全人代常務委162人の全員の賛成で「香港国家安全維持法」が成立した。香港の自由は奪われることになるかもしれない。
一年前の2019年の7月1日、五代要求(逃亡反条例の撤回 暴動認定の撤回 刑事告発の撤回 警察暴力への徹底調査 普通選挙の実施)を掲げて、抗議者たちが立法会(日本の国会にあたる)の建物に突入した。それは「もう遊びではない」「香港人は本当に負けることができない」という悲痛な思いがひしひしと伝わるものだった。その状況は本の中に詳しい。
*「デモシスト」解散発表、TVニュースより
小川さんは昨年6月に「逃亡反条例」への抗議から始まった今回のデモと、2014年の「雨傘運動」とは全く違うと述べている。
私は2014年当時、雨傘運動の活動家と話したことがあった。彼は金鐘に占拠していた学生と違って、旺角で活動するアナキストだった。彼の話には夢があった。政治的というより、コミューンを形成し人々が助け合う社会を目指していたのだ。小川さんの言うように雨傘運動はニューヨークのオキュパイ運動に近い。雨傘は「香港の代表は香港人が決める」普通選挙法を求め始まった運動だが、それが英国のレクレイム・ザ・ストリート(路上を奪還せよ)やNYのオキュパイ運動のように平和的な運動への広がりを見せていた。
しかし、最終的に弾圧され排除された。まったくズコッティ公園のようだ。彼らの革命は失敗したという印象を与えた。だからこそ、昨年「逃亡反条例」への異議を目的に始まった運動が、もう遊びではなくなったのだ。運動はまさに黄色から黒色へと変化した。
「抗議行動は、平和的にやっても意味がないことは、雨傘運動で明らかになった」。これは18歳の若者の言葉。彼らは「逮捕されるまで頑張る」という。逮捕されれば、10年間の禁固刑が課せられる可能性がある。覚悟はできているのだ。「わずか18歳の若者が自分たちの未来を、自らの自由と引き換える固い決意をもって、自らの手で変えようとしている」と小川さんは書いている。そして、抗議者は警察との苛烈な戦いへと進んでいった。
しかし、小川さんは一方的にデモに参加する若者を賛美してはいない。デモと対峙する警察官や学生たちからぼこぼこにされる街のチンピラにも心を配る。そうした人々を含めて、小川さんは香港なんだと訴えているのだと思う。
日本で行われた香港を支援するデモに抗議に来た、本土中国の青年の素朴な素顔。「日本は自由だ」という中国の留学生に「香港の学生たちも、自由を守るために戦っているだけなんだ」といい、「心のどこかで、香港の学生たちと通じるものがあるのだろうと私は信じたい」という。彼らを分断させているものに、私は心が痛むのだ。
この本最後は、アグネス・チョウさんの「私も香港人も絶対にあきらめませんから」と結ばれている。5月に出版されたこの本には、当たり前だが、今日のことは反映してはいない。
昨日、彼女は日本語で日本に向けて「絶望の中にあっても、いつもお互いのことを想い、私たちはもっと強く生きなければなりません。生きてさえいれば希望があります」と、言葉を寄せた。
雨傘から6年。彼女を含め、香港はずっと闘い続けた。この本はその記録である。そして、アルバムのようでもある。小川さんは、あとがきで「本書の取材で心がけたことは、小さな物語を集めることだった」と書いている。まさにその場その時の人々の生きざまを小川さんは描写している。いつかその人々は、この本で読んで懐かしく思うかもしれない。
香港はどうなってしまうのだろうか。昨日から今日にかけて、心が穏やかではない。本の中の人々の顔が浮かぶ。でも彼らは一人ではないだろう。香港は香港だ。闘いは続くかもしれない。
Be Water My Friend 水になれ、友よ!
*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子、ほかです。
毎木曜掲載・第164回(2020/7/2)水になれ、友よ!
『香港デモ戦記』(小川善照、集英社文庫、2020年5月20日発行)評者:根岸恵子
昨晩(6/30)、Facebookで香港民主派政治団体「デモシスト」が解散し、最後のあいさつにとメンバーが並んでいる投稿写真を見た。アグネス・チョウ、ジョシュア・ウォンたちの顔がある。ちょうどこの書評を書いているところだったので、重たい気持ちになった。著者の小川さんはどんな気持ちなのだろう。
『香港デモ戦記』。著者の小川善照さんは2014年の雨傘運動から香港を取材している。自らの足で体当たりする現場主義で、実に生き生きと闘う香港を描いている渾身のルポルタージュだ。小川さんならではの暖かな人に対する眼差しが、デモに参加する人々の顔を捉えている。この闘いは一人一人の人間の闘いなのである。
さて、今朝(7/1)の朝日新聞の一面トップに「香港国家安全法が施行」「一国二制度 骨抜き」の文字。香港はどうなってしまうのだろう。私には、7月1日というのが作為的に思えた。たぶん中国政府もこの日に意味があったのだ。1997年、香港が英国領から中国に返還された日だから。本来なら大きなデモがある日だったのに。
返還の時、中国は50年間、「一国二制度と高度な自治を堅固する」と約束した。世界中の人が、2047年まで香港の自由が担保されると信じていた。しかし、たった23年で、香港の人々の意思もなく、全人代常務委162人の全員の賛成で「香港国家安全維持法」が成立した。香港の自由は奪われることになるかもしれない。
一年前の2019年の7月1日、五代要求(逃亡反条例の撤回 暴動認定の撤回 刑事告発の撤回 警察暴力への徹底調査 普通選挙の実施)を掲げて、抗議者たちが立法会(日本の国会にあたる)の建物に突入した。それは「もう遊びではない」「香港人は本当に負けることができない」という悲痛な思いがひしひしと伝わるものだった。その状況は本の中に詳しい。
*「デモシスト」解散発表、TVニュースより
小川さんは昨年6月に「逃亡反条例」への抗議から始まった今回のデモと、2014年の「雨傘運動」とは全く違うと述べている。
私は2014年当時、雨傘運動の活動家と話したことがあった。彼は金鐘に占拠していた学生と違って、旺角で活動するアナキストだった。彼の話には夢があった。政治的というより、コミューンを形成し人々が助け合う社会を目指していたのだ。小川さんの言うように雨傘運動はニューヨークのオキュパイ運動に近い。雨傘は「香港の代表は香港人が決める」普通選挙法を求め始まった運動だが、それが英国のレクレイム・ザ・ストリート(路上を奪還せよ)やNYのオキュパイ運動のように平和的な運動への広がりを見せていた。
しかし、最終的に弾圧され排除された。まったくズコッティ公園のようだ。彼らの革命は失敗したという印象を与えた。だからこそ、昨年「逃亡反条例」への異議を目的に始まった運動が、もう遊びではなくなったのだ。運動はまさに黄色から黒色へと変化した。
「抗議行動は、平和的にやっても意味がないことは、雨傘運動で明らかになった」。これは18歳の若者の言葉。彼らは「逮捕されるまで頑張る」という。逮捕されれば、10年間の禁固刑が課せられる可能性がある。覚悟はできているのだ。「わずか18歳の若者が自分たちの未来を、自らの自由と引き換える固い決意をもって、自らの手で変えようとしている」と小川さんは書いている。そして、抗議者は警察との苛烈な戦いへと進んでいった。
しかし、小川さんは一方的にデモに参加する若者を賛美してはいない。デモと対峙する警察官や学生たちからぼこぼこにされる街のチンピラにも心を配る。そうした人々を含めて、小川さんは香港なんだと訴えているのだと思う。
日本で行われた香港を支援するデモに抗議に来た、本土中国の青年の素朴な素顔。「日本は自由だ」という中国の留学生に「香港の学生たちも、自由を守るために戦っているだけなんだ」といい、「心のどこかで、香港の学生たちと通じるものがあるのだろうと私は信じたい」という。彼らを分断させているものに、私は心が痛むのだ。
この本最後は、アグネス・チョウさんの「私も香港人も絶対にあきらめませんから」と結ばれている。5月に出版されたこの本には、当たり前だが、今日のことは反映してはいない。
昨日、彼女は日本語で日本に向けて「絶望の中にあっても、いつもお互いのことを想い、私たちはもっと強く生きなければなりません。生きてさえいれば希望があります」と、言葉を寄せた。
雨傘から6年。彼女を含め、香港はずっと闘い続けた。この本はその記録である。そして、アルバムのようでもある。小川さんは、あとがきで「本書の取材で心がけたことは、小さな物語を集めることだった」と書いている。まさにその場その時の人々の生きざまを小川さんは描写している。いつかその人々は、この本で読んで懐かしく思うかもしれない。
香港はどうなってしまうのだろうか。昨日から今日にかけて、心が穏やかではない。本の中の人々の顔が浮かぶ。でも彼らは一人ではないだろう。香港は香港だ。闘いは続くかもしれない。
Be Water My Friend 水になれ、友よ!
*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子、ほかです。