<お粗末専門家会議+保健所の無能無責任>
「日本のPCR検査数は、OECD加盟国の後ろから2番目に低い」「結果として、感染者も死者の数は低く抑えられているため、WHOは韓国を評価しても日本を評価しない」という事実が、緊急事態宣言発令から1か月後、昨年12月からだと半年後に判明した。出鱈目すぎるコロナ対策の日本か。中止確実の五輪に執着する安倍・自公・日本会議の右翼政権や、政府専門家会議のお粗末判断もさることながら、PCR検査有無の入り口に指定された「保健所」に感染病対応能力が全くないことを、実に19年間、身内の介護のため、徳洲会病院に通い詰めてきた遺族(元国土庁長官秘書官)が、わざわざ筆者の下に駆け付けて証言した。
「あなたは保健所を知っているか」と尋ねられて正確に答えられる市民はいるだろうか。調べて分かったことだが、確かに公的機関だが、国ではなく、都道府県などが設置したもので、権限だけはかなりある。所長は、.医師と同等の能力のある者でないとなれない。名誉職のような存在で、本気で市民を守る使命を帯びている組織では、全くないと指摘せざるを得ないようだ。
専門家会議などは「能力を超えている」などとほざいているようだが、保健所は無気力で、能力そのものが「ない」のだという。極論すると、PCR検査の少ない日本は、政府・専門家会議・保健所の「無能無責任」体制で対応していると判定しなければなるまい。
<日常的に患者のための病院監視機能を放棄>
19年間、毎日病院通いをした日本人がいたことが不思議なのだが、そのような人物の視覚には、優秀とされる日本の病院が「いい加減」「出鱈目」が多すぎるという。筆者も6年間、千葉県市原市の帝京病院に、ほぼ毎日のように通った。
ばい菌と腫瘍の判断を間違えたお粗末な東大医学部OBの教授と助教授によって、一番期待した早稲田大学OBの息子を植物人間にされてしまったことから、彼の鋭い指摘に頷くばかりである。入浴から散髪、タンの吸引から、おむつの交換と、看護師に代わって、妻と命がけで息子を介護した経験者だから、なるほどと理解できる。ここ数年の、北京での義母の介護に苦痛を感じない理由でもある。彼女は今日96歳の誕生日だ。
人は現場に足を入れることで、正確な判断ができる。そこから保健所のいい加減な体質を、彼は何度も体験していた。「病院でインフルエンザにかかった。ダニの疥癬にもかかった。それでも、保健所はなんら行動を起こさなかった。医療事故死に対して、病院はインフォームドコンセントさえも、まだしてくれない。そのことさえも、保健所はまじめに対応しない。立ち入り検査をしなければならないはずだが、そうしない。警察も捜査を打ち切って、病院に味方している。要は保健所は、病院を監督・監視する使命を忘れて、病院と癒着して、患者と遺族に向き合ってくれない」という悲惨な公的機関なのだ。
<病院での院内感染に目をつむる保健所の無法体質>
この病院は「24時間逃げないで救急医療」で評判になった日本、否世界最大の徳洲会病院である。暴利を得た徳田虎雄は、石原慎太郎に巨額の裏金を流して、都政を壟断した。今の小池は、それを糾弾するはずだったが、右翼秘書に少しだけツケを回して済ましてしまった。小池も怪しい、したたかな人物なのだろう。
目下のコロナ禍で院内感染が全国的に起きて、担当医・看護師が震えながら治療に当たっているようだが、元を正すと、保健所の出鱈目な病院監視体質・無能無責任に帰着する、というのである。真相を知って、仰天する市民は多いだろう。
100歳で老人施設で亡くなった我が母は、疥癬が原因だったが、施設の派遣医も看護師もダニの存在を否定した。木更津市の中郷記念館である。コロナ禍は大丈夫だろうか。
また、千葉県松戸市の徳洲会グループの老人施設のコロナ崩壊についても言及した。「同じ仲間であるのに、徳洲会病院はコロナから逃げている」という。あべともこの反論を聞いてみたいものだ。
「病院看護師の能力も低い。バイタルチェックもいい加減すぎる。前日の容態と比較して、何か変わっていないか。そこの基本が出来ていない」とも指摘した。思い出した!息子のことだ。「頭にばい菌が入り、七転八倒しているのに、普通の痛め止めでやり過ごした帝京の看護師、それに従った東大OBの教授だった。もしも、本物の看護師のバイタルチェックであれば、悪性の脳腫瘍ではなく、ばい菌だと判明したろう。適切な治療なら、安倍晋三の弟の岸信夫参院議員のように生還できたのだ。そう思うと、医療事故と保健所の緊張関係が、労使関係同様に、不可欠だと理解できるだろう。無念の極みである。
保健所がしっかりと医師や病院を監視することで、医療事故は少なくなる。今回のコロナ対策も、韓国レベルになったろう。いま自由に病院にも行けない。
結局のところ、安倍は当然のことながら、専門家会議の尾身も、保健所の実情を知らな過ぎたのだ。「能力を超えている」のではなく、能力が全くなかったのだ。叱咤激励しても無駄なことだ。
<立ち入り検査の権限も放棄、医師と病院に寄り添う保健所>
本来の保健所であれば、国民の命を守る先頭に立って、欠格の医師や病院を監視、立ち入り検査を容赦なく実施する義務を負っている。医事法にも明記してある。もちろん、保健所の任務は環境問題や食品衛生、病院開設許可、薬剤師や医師の申請受付など幅広い。
中でも病院監視任務は、事柄が患者の命と即直結しているため、そこに疑惑があれば直ちに行動する責務を帯びている。現在の、保健所と病院の癒着関係は断じて許されないだろう。それがコロナの混乱の真因である。
思うに、最期は東芝病院で命を奪われた我が息子の事例では、ナースセンターから離れた個室に入院させておいて、警報装置さえつけない、入院直後の窒息死に警察にも通報しなかった、など病院としての責務を放棄していた。ゆえに警視庁に告訴したのだが、検事の松本朗が病院に味方し、保健所は沈黙をしていて、存在さえ気づかなかった。実は、今日この日まで、保健所の重責を知らなかった。
保健所が真っ当に機能していれば、医療事故の大半は解決する。この出鱈目すぎる保健所が、いまのコロナ対策の最前線に立たされている?19年の病院通いの友人は、病院と保健所をしっかりと観察してきた結論から、コロナ禍で、すでに日本の誇れる病院は「医療崩壊」をしている、それゆえのPCR検査回避と断定できるだろう。
医療事故遺族の一部の人たちだけが知る日本の医療現場を、政府・霞が関が認識する時代が来るのかどうか。このような無様な、幻想の日本医療大国論に騙されて、大金をはたいているという一部の金持ち外国人がいる?漫画であろう。
<高齢者介護施設はSOS>
保健所どころか、病院でさえも感染病対応能力がない。いわんや高齢者のための施設は、ダニの疥癬さえ理解も知識もない。コロナに無力もいいところである。
遅きに失してしまっているが、感染予防の専門家の養成が急務である。保健所大改革と高齢者向けの感染症対策が、政府・厚労省の重大任務であろう。強く、強く警鐘を鳴らす必要がある。
2020年5月6日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)
「日本のPCR検査数は、OECD加盟国の後ろから2番目に低い」「結果として、感染者も死者の数は低く抑えられているため、WHOは韓国を評価しても日本を評価しない」という事実が、緊急事態宣言発令から1か月後、昨年12月からだと半年後に判明した。出鱈目すぎるコロナ対策の日本か。中止確実の五輪に執着する安倍・自公・日本会議の右翼政権や、政府専門家会議のお粗末判断もさることながら、PCR検査有無の入り口に指定された「保健所」に感染病対応能力が全くないことを、実に19年間、身内の介護のため、徳洲会病院に通い詰めてきた遺族(元国土庁長官秘書官)が、わざわざ筆者の下に駆け付けて証言した。
「あなたは保健所を知っているか」と尋ねられて正確に答えられる市民はいるだろうか。調べて分かったことだが、確かに公的機関だが、国ではなく、都道府県などが設置したもので、権限だけはかなりある。所長は、.医師と同等の能力のある者でないとなれない。名誉職のような存在で、本気で市民を守る使命を帯びている組織では、全くないと指摘せざるを得ないようだ。
専門家会議などは「能力を超えている」などとほざいているようだが、保健所は無気力で、能力そのものが「ない」のだという。極論すると、PCR検査の少ない日本は、政府・専門家会議・保健所の「無能無責任」体制で対応していると判定しなければなるまい。
<日常的に患者のための病院監視機能を放棄>
19年間、毎日病院通いをした日本人がいたことが不思議なのだが、そのような人物の視覚には、優秀とされる日本の病院が「いい加減」「出鱈目」が多すぎるという。筆者も6年間、千葉県市原市の帝京病院に、ほぼ毎日のように通った。
ばい菌と腫瘍の判断を間違えたお粗末な東大医学部OBの教授と助教授によって、一番期待した早稲田大学OBの息子を植物人間にされてしまったことから、彼の鋭い指摘に頷くばかりである。入浴から散髪、タンの吸引から、おむつの交換と、看護師に代わって、妻と命がけで息子を介護した経験者だから、なるほどと理解できる。ここ数年の、北京での義母の介護に苦痛を感じない理由でもある。彼女は今日96歳の誕生日だ。
人は現場に足を入れることで、正確な判断ができる。そこから保健所のいい加減な体質を、彼は何度も体験していた。「病院でインフルエンザにかかった。ダニの疥癬にもかかった。それでも、保健所はなんら行動を起こさなかった。医療事故死に対して、病院はインフォームドコンセントさえも、まだしてくれない。そのことさえも、保健所はまじめに対応しない。立ち入り検査をしなければならないはずだが、そうしない。警察も捜査を打ち切って、病院に味方している。要は保健所は、病院を監督・監視する使命を忘れて、病院と癒着して、患者と遺族に向き合ってくれない」という悲惨な公的機関なのだ。
<病院での院内感染に目をつむる保健所の無法体質>
この病院は「24時間逃げないで救急医療」で評判になった日本、否世界最大の徳洲会病院である。暴利を得た徳田虎雄は、石原慎太郎に巨額の裏金を流して、都政を壟断した。今の小池は、それを糾弾するはずだったが、右翼秘書に少しだけツケを回して済ましてしまった。小池も怪しい、したたかな人物なのだろう。
目下のコロナ禍で院内感染が全国的に起きて、担当医・看護師が震えながら治療に当たっているようだが、元を正すと、保健所の出鱈目な病院監視体質・無能無責任に帰着する、というのである。真相を知って、仰天する市民は多いだろう。
100歳で老人施設で亡くなった我が母は、疥癬が原因だったが、施設の派遣医も看護師もダニの存在を否定した。木更津市の中郷記念館である。コロナ禍は大丈夫だろうか。
また、千葉県松戸市の徳洲会グループの老人施設のコロナ崩壊についても言及した。「同じ仲間であるのに、徳洲会病院はコロナから逃げている」という。あべともこの反論を聞いてみたいものだ。
「病院看護師の能力も低い。バイタルチェックもいい加減すぎる。前日の容態と比較して、何か変わっていないか。そこの基本が出来ていない」とも指摘した。思い出した!息子のことだ。「頭にばい菌が入り、七転八倒しているのに、普通の痛め止めでやり過ごした帝京の看護師、それに従った東大OBの教授だった。もしも、本物の看護師のバイタルチェックであれば、悪性の脳腫瘍ではなく、ばい菌だと判明したろう。適切な治療なら、安倍晋三の弟の岸信夫参院議員のように生還できたのだ。そう思うと、医療事故と保健所の緊張関係が、労使関係同様に、不可欠だと理解できるだろう。無念の極みである。
保健所がしっかりと医師や病院を監視することで、医療事故は少なくなる。今回のコロナ対策も、韓国レベルになったろう。いま自由に病院にも行けない。
結局のところ、安倍は当然のことながら、専門家会議の尾身も、保健所の実情を知らな過ぎたのだ。「能力を超えている」のではなく、能力が全くなかったのだ。叱咤激励しても無駄なことだ。
<立ち入り検査の権限も放棄、医師と病院に寄り添う保健所>
本来の保健所であれば、国民の命を守る先頭に立って、欠格の医師や病院を監視、立ち入り検査を容赦なく実施する義務を負っている。医事法にも明記してある。もちろん、保健所の任務は環境問題や食品衛生、病院開設許可、薬剤師や医師の申請受付など幅広い。
中でも病院監視任務は、事柄が患者の命と即直結しているため、そこに疑惑があれば直ちに行動する責務を帯びている。現在の、保健所と病院の癒着関係は断じて許されないだろう。それがコロナの混乱の真因である。
思うに、最期は東芝病院で命を奪われた我が息子の事例では、ナースセンターから離れた個室に入院させておいて、警報装置さえつけない、入院直後の窒息死に警察にも通報しなかった、など病院としての責務を放棄していた。ゆえに警視庁に告訴したのだが、検事の松本朗が病院に味方し、保健所は沈黙をしていて、存在さえ気づかなかった。実は、今日この日まで、保健所の重責を知らなかった。
保健所が真っ当に機能していれば、医療事故の大半は解決する。この出鱈目すぎる保健所が、いまのコロナ対策の最前線に立たされている?19年の病院通いの友人は、病院と保健所をしっかりと観察してきた結論から、コロナ禍で、すでに日本の誇れる病院は「医療崩壊」をしている、それゆえのPCR検査回避と断定できるだろう。
医療事故遺族の一部の人たちだけが知る日本の医療現場を、政府・霞が関が認識する時代が来るのかどうか。このような無様な、幻想の日本医療大国論に騙されて、大金をはたいているという一部の金持ち外国人がいる?漫画であろう。
<高齢者介護施設はSOS>
保健所どころか、病院でさえも感染病対応能力がない。いわんや高齢者のための施設は、ダニの疥癬さえ理解も知識もない。コロナに無力もいいところである。
遅きに失してしまっているが、感染予防の専門家の養成が急務である。保健所大改革と高齢者向けの感染症対策が、政府・厚労省の重大任務であろう。強く、強く警鐘を鳴らす必要がある。
2020年5月6日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)