●木下昌明の映画の部屋 第252回〜遠藤隆監督『山懐に抱かれて』
山地酪農を営む家族の24年
遠藤隆監督の『山懐に抱かれて』は、時にはじーんとくる、心が豊かになる映画です。
これは岩手県の北上山系の山懐で酪農を営んでいる家族の暮らしを24年間にわたって描いたドキュメンタリーです。
ローカル局の岩手テレビに勤めていた遠藤さんが、この一家と出会ったとき、吉塚公雄さんは43歳、妻の登志子さんは37歳で、すでに6人の子どもたちがいました。13歳の長女を頭に、子どもたちはまだ小さくプレハブに住み、15頭ほどの牛を飼っていました。
山地(やまち)酪農というのは、山を切り拓いて芝を植え、牛を飼ってその乳をしぼる。乳しぼり以外は、牛を牛舎に入れず、冬でも放牧する。牛の交配も自然にまかせ、牧場を少しずつ大きくしていくというものです。
公雄さんは東京農業大学に在学中に、山地酪農を教わり、千葉から岩手に移って実践するのです。
最初はランプ生活しながら一人で山林を切り拓いて芝を一本一本植えていく。これが容易でなかったことが映画から伺い知ることができます。
そのうち一緒に苦労しようと登志子さんと結婚し、2人で牧場づくりをはじめます。1年で100万円の赤字。それが20年つづいて2000万円となったと公雄さんは語ります。しかし、即座に「充実感や豊かさは物質じゃない。他人の最小単位が家族で、その人間たちがふれ合って生きていくことなんだ」と訴えます。
自分の働く居場所をみつけ、そこを拠点として結婚し、子どもをつくり、共同で営んでいく――その様子が映画からもみえてきます。幼い子は、親たちの仕事を見よう見まねで覚えていく。その子どもたちの働く姿がワンシーンワンシーン目に焼きついて、思わず感嘆の声をもらしたくなります。
ここに〈家族〉の一つの典型をみることができます。同時に、遠くつらなった山々と四季を通じて変化していく牧場の風景も見応えがあります。自然の中で生きる大切さ。
映画は子どもたちの成長も追いかけていきます。なんと4キロもある学校に歩いて通っていく。これには驚きでしたが、そのうち長男は高校卒業後、北海道の酪農家に、2年間実習に出かけます。長女は村の老人ホームで働きます……子どもたちはそれぞれの生き方を求めて自立への道をさぐります。そんななかで、山地酪農一筋のがんこな父親との対立も生じて、互いに涙を流して言い合いをはじめる。その家族の葛藤にもカメラは密着して撮りつづけます。
最近ローカル局は、この種のドキュメンタリー映画を制作するようになりました。初めはその時々の地元のニュースであったものが、長年つみ重ねていくことで、その出来事や移り変わりが、まるで一編の人生ドラマのように膨らんでいくからです。それがこの映画でもいかんなく発揮されています。
わたしの記憶では、2011年にみた東海テレビの『青空どろぼう』から、南海放送の『放射線を浴びたX年後』、テレビ新潟の『夢は牛のお医者さん』、テレビ長崎の『五島のトラさん』等々が浮かぶ。これらは現場が地元ならではの特色をよく生かしています。
わたしは、これまで家族映画についてあれこれかいてきましたが、ここでの家族の成り立ちは「血縁」といったものが軸ではなく、働くことでつながっていくことを描いていることです。これが重要なんです。夕食のとき、大きな手づくりの食卓を囲んで「おじいちゃん、おばあちゃんありがとう。おとうさん、おかあさんありがとう。都ちゃん、公太郎君、恭次君、令子ちゃん、純平君、雄志君、壮太君、牛さんありがとう。頂きます。どうぞ召し上がれ」と感謝の気持ちをみんなで合唱するシーンに胸打たれます。ここには、あわただしい都会生活のなかで忘れている、人間が人間として生きるとはどういうことか、その原点が脈打っています。
山地酪農牛乳を一杯のんでみたい。
※4月27日よりポレポレ東中野にて公開
山地酪農を営む家族の24年
遠藤隆監督の『山懐に抱かれて』は、時にはじーんとくる、心が豊かになる映画です。
これは岩手県の北上山系の山懐で酪農を営んでいる家族の暮らしを24年間にわたって描いたドキュメンタリーです。
ローカル局の岩手テレビに勤めていた遠藤さんが、この一家と出会ったとき、吉塚公雄さんは43歳、妻の登志子さんは37歳で、すでに6人の子どもたちがいました。13歳の長女を頭に、子どもたちはまだ小さくプレハブに住み、15頭ほどの牛を飼っていました。
山地(やまち)酪農というのは、山を切り拓いて芝を植え、牛を飼ってその乳をしぼる。乳しぼり以外は、牛を牛舎に入れず、冬でも放牧する。牛の交配も自然にまかせ、牧場を少しずつ大きくしていくというものです。
公雄さんは東京農業大学に在学中に、山地酪農を教わり、千葉から岩手に移って実践するのです。
最初はランプ生活しながら一人で山林を切り拓いて芝を一本一本植えていく。これが容易でなかったことが映画から伺い知ることができます。
そのうち一緒に苦労しようと登志子さんと結婚し、2人で牧場づくりをはじめます。1年で100万円の赤字。それが20年つづいて2000万円となったと公雄さんは語ります。しかし、即座に「充実感や豊かさは物質じゃない。他人の最小単位が家族で、その人間たちがふれ合って生きていくことなんだ」と訴えます。
自分の働く居場所をみつけ、そこを拠点として結婚し、子どもをつくり、共同で営んでいく――その様子が映画からもみえてきます。幼い子は、親たちの仕事を見よう見まねで覚えていく。その子どもたちの働く姿がワンシーンワンシーン目に焼きついて、思わず感嘆の声をもらしたくなります。
ここに〈家族〉の一つの典型をみることができます。同時に、遠くつらなった山々と四季を通じて変化していく牧場の風景も見応えがあります。自然の中で生きる大切さ。
映画は子どもたちの成長も追いかけていきます。なんと4キロもある学校に歩いて通っていく。これには驚きでしたが、そのうち長男は高校卒業後、北海道の酪農家に、2年間実習に出かけます。長女は村の老人ホームで働きます……子どもたちはそれぞれの生き方を求めて自立への道をさぐります。そんななかで、山地酪農一筋のがんこな父親との対立も生じて、互いに涙を流して言い合いをはじめる。その家族の葛藤にもカメラは密着して撮りつづけます。
最近ローカル局は、この種のドキュメンタリー映画を制作するようになりました。初めはその時々の地元のニュースであったものが、長年つみ重ねていくことで、その出来事や移り変わりが、まるで一編の人生ドラマのように膨らんでいくからです。それがこの映画でもいかんなく発揮されています。
わたしの記憶では、2011年にみた東海テレビの『青空どろぼう』から、南海放送の『放射線を浴びたX年後』、テレビ新潟の『夢は牛のお医者さん』、テレビ長崎の『五島のトラさん』等々が浮かぶ。これらは現場が地元ならではの特色をよく生かしています。
わたしは、これまで家族映画についてあれこれかいてきましたが、ここでの家族の成り立ちは「血縁」といったものが軸ではなく、働くことでつながっていくことを描いていることです。これが重要なんです。夕食のとき、大きな手づくりの食卓を囲んで「おじいちゃん、おばあちゃんありがとう。おとうさん、おかあさんありがとう。都ちゃん、公太郎君、恭次君、令子ちゃん、純平君、雄志君、壮太君、牛さんありがとう。頂きます。どうぞ召し上がれ」と感謝の気持ちをみんなで合唱するシーンに胸打たれます。ここには、あわただしい都会生活のなかで忘れている、人間が人間として生きるとはどういうことか、その原点が脈打っています。
山地酪農牛乳を一杯のんでみたい。
※4月27日よりポレポレ東中野にて公開